第2話 フェラーリのあるガレージ

 スーツケース玄関に放っぽり置いた侭、部屋中のエアコン点けて回って、冷蔵庫を開けて暫し中を目で追った後、冷えた炭酸水のボトルを取り出して私に手渡すと何やらブツブツ言いながらスタスタと奥の方へ消えて行った。


 残された私はひとりポツネンと……


 眺めると家具とかは変わったのかも知れないけど、記憶の片隅に残ってた匂いや雰囲気なんかは昔の儘だな? 懐かしい。思わず幼い頃の幻影や、戯れる声なんかが聴こえてきそう……相変わらず生活感の余りしないだだっ広いリビングの革のソファーに腰掛けて暫し思い出に浸ったりした。


 部屋もだいぶ涼しくなった頃、タオル巻いて戻ったスッピンの菜々緒。おい?シャワー浴びてたのか? 自分も炭酸水のキャップを開けると喉を潤して、お互いの近況とか報告し合うでもなく、急勝せっかちに話始める……



「5月にね、ちょっとパーティに行ったんだ。そこで知り合った横浜の男のコ、車の話で意気投合してね」


「……そ、それは所謂、合コンってやつ?」


「ちょっとニュアンス違うけど、まぁそんなもんよ。あなたもあるんでしょ? それくらい」


「……あ、あるよ」


 強がってみた。が、実はまだない。


「そんな事はどうでもいいのよ! で、日を改めて会った訳。そのコのおウチお邪魔して……」


「ええっ?もう家行ったの?ヤラシっ!」


「なに変な妄想膨らましてるのよ? 違うわよ、何かこっちじゃんまり見掛けない全然ガツガツしてないタイプのバンビみたいな草食系のコで、純然に"車いいよね〜?見においでよ〜"って感じだったのよ」



 菜々緒は当日のことを話始める



 ……



 - 神奈川県横浜市中区山手町。とある邸宅のガレージ


 15mはあろうか?重厚な木製のシャッターで閉ざされたそんな広い間口、奥行きも深く、モルタルの部分と抑えたモノトーン基調/柄のタイルの敷かれた床の一部分には絨毯が敷かれソファーも置かれている。空調が常に稼働し排気ダクトの完備された空間。


「別に自慢とかじゃないんだけど父さんが車好きでさ、ご覧の通りだよ。こんな環境だから僕も自然と影響されてさ、免許も菜々緒ちゃんと一緒で高校時代に取ったんだ……って話はこの前したよね? ゴメンゴメン」


 と言って屈託のない笑顔を見せた松本倫士はもう一つ壁のスイッチに手をやった。スポット照明が灯り更に車が浮かび上がると一台一台を紹介してくれた、


 一番目立ったのは最新鋭の真っ赤なフェラーリGTC4ルッソT。8気筒ターボエンジンを搭載したフェラーリにしては珍しい4人乗りなのね? しかもこれはシューティングブレーク=所謂ワゴン車に属するらしいけど本当かしら? センスのいいシャンパンカラーのお色目のベントレー・ベンテイガは犬好きのアクティブなお母様が乗ってらっしゃる、所謂SUVね?5mを優に越える巨軀なのにやるわね? そして普段、自分が主に乗っていると言うメルセデスAMG G63……か、ふぅん?


 「?」視線を移すと菜々緒の目に止まったのは一番隅っこの方の不自然に空いた一台分のスペース。その頭上には何故か小さなクレーンが備えてあったから訊いてみた、


「ねえ? 倫士くん、なんでクレーンがあるの?」


「あぁ、これはね、パゴダルー……ハードトップの屋根の事だね、ほら後ろに立て掛けてある。コレ5〜60kgもあって外す時一人じゃ持てないからなんだよ。これで吊ってスタンドに置く訳。いつもは此処に居る古い車の屋根さ」


「へぇ?……随分面倒ね」


 古い車?どんな車か知らないけど、自身のスパイダーや才子のタルガトップと違って大仰なんだな?と思って其の儘、口を突いて出た。構造・ハードトップ仕様の差には触れず倫士はニコっと笑って


「そうだね。でもこれ外してオープンで葉山の方、マリーナとか行くと気持ちいいんだよ」



 菜々緒は想像してみた。


 夕暮れや海辺の景色、海岸線をゆるやかな速度で往く旧い……クラシックなオープンカーのイメージ、どんな車なんだろう? そして髪を撫でる心地よい風、沢山のマストが林立するマリーナ。クルーザーとかヨットとかもきっと所有してるんだろう。


 それよりもさらっと自然に話す倫士の、故郷に居た時どうしても相容れなかった同級生達との……凄く嫌味な表現かも知れないけど'生活環境レベルの差'の様なもの所以の勝手に膨らませたストレス。田舎のどちらかといえば閉鎖的な、学校も含めそんな集団の中で生きて行くにはどうしても気を遣って差し控えるし押し殺さなきゃいけなかった部分、似た様な環境のコも居るにはいたけど性格や趣味的に嫌悪感覚える程合わなかったりしたから……違和感なく向き合えるそんな雰囲気が至極心地が良かった。


 それはきっと倫士の性格や醸す空気感、育くまれた環境やご両親所以のもの。同じ裕福な家庭に生まれ育っても自分のこの我儘で屈折した性格(わかってるんだ)も父親譲りでそんな父親所以の上辺だけで崩壊した家庭環境が元凶で形成されたものと附会こじつけて觀念していた。でも倫士ならきっと厭味なく同級生達ともそんな事、別段意識せず自然とスマートに付き合う事出来たんだろうな? と視線は車達に投げながらそんなこと考えたりした。


 そう言えばなんとなく超強力なN極の自分にうまくくっついてくれる対極みたいな存在、血液型?星座の相性?この感覚、何処かで? ……あぁ〜!と心の中で人差し指立てて幼馴染の事を想起した。此処にある凄い車達よりも不在の旧い一台に興味抱いたのもきっと、私をクルマの世界に引きずり込んだ才のせいね?と、少し口許が緩むのを覚えつつ


 そんな菜々緒の表情を垣間見てニコリと倫士は提案した。


「そうだ!面白い所があるんだ。その車も其処に停めてるから、よかったら見に行かない?ランチがてら」

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