オイリーガール Ⅱ

しきゐこづゑ

やたら長い前置きの序章

第1話 帰省

 今年はいつもより特別 暑い夏。そしてアイツは帰ってくる……



『どうしてる? 8月のx日帰省するけど会わない?』


 会わない? それは迎えに来い!というニュアンスなんやろう?……なLINEが届いた7月末。


『何時?』


『14時28分着』


 ほらな? ちょっと……ではあるが、日曜で休みだし恐らく菜々緒もそれを判っててその日にしたんだろう。『親に迎えに来て貰えば?』ともシチュエーション理解してるから言わない。それはひとつの幼馴染の阿吽のナントカってやつだ。


 高校を卒業してもうすぐ半年。旅立ちの前日に会ったのが4ヶ月ちょい前だった。時折りLineしたりはしていたけど……都会でのその数ヶ月の洗礼は菜々緒にどんな変化を齎したのかも興味があったし、兎に角ちょっとワクワクしてその日を待った。




 ……


 炎天下、駅前のロータリーのところに停めた私のポルシェ。


 この数ヶ月で変わったところといえば、限定解除して晴れてミッション車にも乗れる様になったから、実習も兼ねて空いた時間に工場長(爺ちゃん)に指導仰ぎつつスポルトマチックから元々の901型5速マニュアルミッションに再換装した事。そして、



「暑っつぅ〜。何?この車、古い癖クーラーだけは付いてたんじゃなかったの? お化粧溶けちゃうじゃない?」


 開口一番、不平を垂れる。


 そう、クーラーは外したんだ。ノーマルの状態を味わって見たかったんでミッション再換装した際、一緒に作業した。巷で囁かれる程ではないと思うけど、コンプレッサーとか室内のユニット等の重量物取っ払って、一本余分なゴムベルト外れただけで快適環境を手放した見返りに確かに車体もエンジンも少し解放された気はする。



 現れた菜々緒は、白地に鮮やかな向日葵が幾つもプリントされたノースリーブのロングワンピースに相変わらずよくお手入れされ少し短くした亜麻色の髪に鍔広のストローハット。そしてサングラス。こっちに居た時のプライベートの濃い印象からすると随分薄い口紅をひいて。大きな…海外旅行でも行くのか?と見紛うスーツケースを携え鮮やかなブルーのバッグを手に佇む姿は地元の駅前をしてその周りだけモナコとか、行った事ないけど何処か遠い国の別世界だった。


「な、なん?この大きな荷物?」


「お洋服。実家に着れそうなのないし」


 高校時代のはもう……って意味か? しかし送りゃいいのによくこんなん曳いてきたもんやな?それよりこの荷物どうするよ?この大きさじゃフロントのトランクには入らんぞ? 仕方ないから私はシートを前に倒し後席に潜り込むと、パチン!と留めの皮ベロのホックを左右二つ外して後席背凭れを前に倒した。そしてフラットになったその部分によいしょ!っと重いスーツケースを二人掛かりで抱えて押し込んだ。本来なら、更に革ベルトで固定可能な仕様になっているらしいのだが私のには生憎そこまでの装備はない。


「どんなもんだい!」


「別に自慢するなことじゃないでしょ?」


「この大きさの、スパイダー絶対無理やろ?」


「……ふん、ラグジュアリーに実用性は不要なの!」



「まぁ、なんにせよおかえり、久し振りだね」


「……ん」


 喋り出せば、その何ヶ月かの空白はまるでなかったみたいに変わらない私達の会話そして空気感は戻ってくる。んだが……




 私はと言えば、


 日々、油に塗れ5時に仕事切り上げ一目散に身支度をして、愛車で大学向かって講義受けて戻りは10時過ぎという毎日を送っていた。自称シラウオの様な手は、爪の間とかに入り込んだ油がなかなか落ちきらなかったり、無理して洗うもんだからカサカサになって…… 髪の毛も伸び放題でもうボサノバ、洋服だって決してダサくはないとは思うけど高校自分と変わらず其処らで買ったモノ。ましてやこんな高そうで鮮やかなお色目のバッグなんて。


 そんな日々も好きでやってる事だから辛いとか思った事は勿論一度もないけど、都会に出た者と田舎に残った者。流石にたったの数ヶ月でなんか、女としての差も随分つけられたもんだなぁ?とズゥウンと痛感してしまった。まぁそれは高校時代からあるにはあったんだけどね。




 パタパタパタ……


 と、そんな浮世も我関せずとばかりに長閑のどかな四気筒は真夏の陽射しの下を往く。走行中は三角窓から風は入るが汗が滲むどころの話ではない。


「……しかし、この真夏に冷房ナシの車に乗るなんて正気の沙汰じゃないわね? 修行僧か罰ゲーム」


「どっか寄って涼んでく?」


「ううん、我慢してこの侭行っちゃいましょ。なんか一人で帰るのもアレだし」


 はは〜ん、どうやら気不味いのか?それが本音か?だから迎えも兼ねて私を呼んだんだな。そう言えば菜々Pん行くのって随分と久し振りだ。一体何時いつ振りの事だろう?中学?いや小学生の時以来か?


「久し振りだし水入らずの方がいいんやない?」


「……別にいいのよ」


 大きなお屋敷の門前。インターホンを押すが応答はなく、どうやらおウチの人は留守の様? 仕方なく合鍵で中に入った菜々緒。そんな様子を暑い車内から眺める、暫くするとガレージの電動シャッターがゆっくりと上がり始める。


 鎮座する凄い大きな如何にもな一台の海老茶色とシルバー2トーンの高級車、そしてシートを被った菜々緒のスパイダーにまだ2〜3台分の余裕のあるスペースにポルシェを駐めエンジンを切った。




 「……娘がね、折角帰ってくるのにね? まぁこんなもんよ。いいわ、それよりpsy、ちょっと相談したい事あるんだ」

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