第7話 あたまが、いい
放課後の習慣となってしまった図書館での自習に向かっていると、完璧モードのユキが、学友と歩いているのを見つけた。
背後から近づく形となったため、向こうは気が付いていないようだ。
会話だけが聞こえる。
残念ながら進行方向が一緒のようだが、バレないように進路を変えるか。
しかし直進が続くため、しばらくはストーキング状態になりそうだ。
(友達)
『ユキってホント、なんでもこなすけどさ、ぶっちゃけ、寝る時間あんの?』
(ユキ)
『そだねー。大体、睡眠時間は多くとってるかな?』
そりゃそうだろ。
俺の部屋でどんだけ涎垂らして寝てると思ってるんだ。
そういやYシャツも返してもらってねーぞ。
(友達2)
『えー? 彼氏と夜のデートとかしないの?』
(ユキ)
『彼氏なんていないってば。わたしの今の彼氏は勉強と運動とチョコレートだけ』
あと窓から叫ぶ行為だろうが。
近隣住民に通報されてもおかしくないぞ。
(友達3)
『もったいないよなあ。この前もサッカー部の先輩に告白されたんでしょ? あの、めっちゃカッコいい金髪の人』
(友達)
『え? まじ? まさか断ったの?』
(ユキ)
『そりゃ断るよ。知らない人だもん。いきなり付き合うなんてできないでしょ?』
命拾いしたな、金髪のサッカー部のイケメン。
こいつと二人きりにでもなったら、一生、ほっぺたに人差し指をつきたてられるし、液状チョコレートを俺の鼻の穴で冷やそうとしてくるからな。
(友達2)
『えー、もったいないなー!〈やばみマクスウェル〉でしょ』
「それ共通語なの!?」
思わずツッコんでしまう俺。
振り返る女子生徒三名とユキ。
『……え? だれ?』
『外人? ちょっとカッコよくない?』
『いや、日本語しゃべってたけど……うん、たしかに顔はすきかも』
こそこそと俺を品評しはじめる下級生ズ。
ユキは皆を落ち着かせるように、長い髪をふぁっさあーとさせて言った。
「まあ、いいんじゃない? みんな、いこ?」
『う、うん……』
後ろ髪惹かれるように俺をチラチラとみる女子生徒たちと、振り返ることのないユキ。
あいつはこんな感じで、学校では俺に関わろうともしない。
理由を聞いたことはないのだが、あいつはこういうことがあると必ずその日のうちに何かの言い訳をしに、我が家にやってくる。
この前もこんなことがあったときには、ゲームをしている俺に指を突き刺して、
『わ、わたしがああやって助けてあげてること、気が付いてよね! それに、ユキと話してるとテキトーな感じになっちゃうから、迷惑なの! ふんっ! ま、まあ、何かしらの謝罪を要求するというなら、ひ、ひとつくらい、青少年的な欲望を叶えてあげてもいいけど!』
などと言っていた。
そして、ユキは勢いよく振り返った。のだが、位置が悪く、足の小指をベッドの角にぶつけて、『ぬおおおおおおお』と床に崩れ落ちていった。まじでうるさくて、ゲームの邪魔でしかない。
今ゲーム内で拾ったグレネードランチャーを撃ち込んでやりたいわ、と転がるユキを見れば、スカートがめくれて、なぜか異様に布面積の少ないスケスケの黒いパンツが見えていた。
『それじゃあ尻が冷えて仕方がないだろうが。はやく着替えてこい』と指摘しそうになったが、もっとうるさくなるのでやめておいた。俺はAI並みの学習能力を持っているのである。
ご存知ないかもしれないが、AIというのは『A:あたまが I:いい』という略だ。たしか……そうだったと思う。わざわざリコちゃんが教えてくれたから覚えているのだ。俺の妹はとっても優しい。
さて。
アクシデントはあったが、図書館へ向かうとしよう。
進行方向に足をすすめた時――視線の先に、角を曲がろうとするユキたちの背中が見えた。
そんな中、ユキだけがふっと、こちらを向く。
すでに俺への興味を無くした女子生徒たちにばれないように――『ばーか』と口を動かすユキは、じつに楽しそうだった。
俺の気持ちと取り換えてほしいもんだぜ……。
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