第5話 Yシャツ

 自室で漫画を読んでいたら、当たり前のようにお菓子を抱えたユキが俺のベッドを占領しに来た。


 どこに行くわけでもないだろうに、こいつは我が家にくるときはいつも、おしゃれ着を身に付けているよな。

 今日も短いスカートにシワがつきやすそうな高そうな生地のシャツ。


 チョコのパッケージをあけながら、ユキが俺の読んでいる本を覗き見た。


「ちょっとちょっと、レオ先輩? パイセンパイ? 今度は『老人と海』? いい加減にしなさいよね。そんな女、レオなんて相手にしないってば!」

「うるさいな……、相手にされなくてもいいんだよ。あと、お前にとっても先輩なんだからな。口に気を付けなさい」


 厳密には俺も、ユキの先輩なんだが、そんなこと言っても何もかわらねーので黙っている。


 ユキは肩を落とした。


「はぁ。まじで、やばみマクスウェルだよ……」

「お前の言葉遣いのほうが、よほどやばみマクスウェルだろうが……」


 そもそもなんだよ、やばみマクスウェルって……。

 まあいいや。

 とにかくいまは、読書だ。


 だが、ユキはまだ話足りないらしい。

 ベッドに腰かけると、『はぁ、精神病院もうまくいかなかったしなぁ』とだるそうにチョコを食べ始める。

 ていうか、そんなもんうまくいかなくて良いんだよ。


 俺は横目でユキを見る


「太るぞ」

「レオとは頭の回転がちがうから、燃費もちがうんですー。必要燃料ですー」

「……く。言い返せない」

「レオはさー、読書なんかしなくていいんだよ」

「バカってことか」

「そんなこといってるわけじゃないでしょ?」

「そ、そうか?」


 めずらしく誉められてるのかな。


「もちろんバカではあるけど」

「帰れ」

「言いたいことはさ、レオのバカさは、自分の良いとこ、自分で分かってないってとこなんだよ」

「俺のいいところってどこだよ」


 ユキが毎日毎日、中身はめっちゃフツーな人間だと認定してくるもんだから、俺の良いところなんて、自分では思い付かない。


 ユキは俺を見ると、どこか落ち着いた表情で口を開いた。


「フツーなとこ」

「あ、そう」


 良いところじゃねーだろ。

 だがそれでは終わらなかった。

 ユキは『なのに』と続けた。


「なのに――何かを助けるときだけ、普通の思考じゃなくなるとこが、素敵なんだよ。ネコを屋上から助けるなんて、バカのすることだ」

「ほめてんの?」

「他はフツーだけどね。あくびがでるくらいにフツー。酸素ぐらいフツーの存在」


 酸素だと? 必需品じゃねえか。

 まあ、バカにされていることは分かるがな!


「もう、ほっとけ。俺はいま老人と海に行くんだ。だから――」

「ああ、はいはい、わかりました。てか、なんか眠くなってきたー。から、寝る、さよなら」

「自宅に戻れ」

「パジャマかして」

「話をきけ」

「このYシャツでいいや。かりまーす」


 ユキは、溶けたスライムみたいに、床に脱ぎ捨てられた俺のYシャツをひっぱりあげた。


「それ、今日きたやつだぞ。洗濯に出すやつだから、パジャマにするな」

「私の服がシワにならなきゃいーんですよー」

「こいつ……」


 ユキは、もそもそとYシャツを上にきてから、ごそごそとYシャツの下で着ていたおしゃれ達人の装備みたいな服を脱ぐ。

 それから下着も外したらしい。まるでマジシャンが袖からハンカチの連なりを抜き出すように、黒い下着を抜き出した。


「面倒だからもうこれでいーっす。うわ、レオくさー。レオを着ているよーだ」

「俺は止めたからな」

「それよりレオせんぱーい。ほら、これ、下着ですよー?」

「? お前、黒、好きだよな。俺は赤が好きだ。もちろん自分の下着は赤ばっかだぞ」

「おい、青少年……下着、なんだけど。美少女の」

「美少女って……ああ、ユキのことか。てか、なんだ。まさか洗濯しとけってことか? 俺の赤パンは色うつりしねーし、黒ならまあいいか――」

「レ……か」

「ん? なんて?」


 ユキは窓を開けた。


「レオのばかぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

「なぜわざわざ窓から叫んだ!?」


 ウルサイばかぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!、と叫びながら下着を手にノーブラで家にかけていくユキを見送りながら、Yシャツは洗って返してくれるのだろーかと考える俺であった。


 あいつ、よく学校の奴らにばれないよな……。


 それにしても、なんだ。

 飛ばし読みで終えた漫画をとじる。

 老人と海って、やっぱり文学だし、悶えるほどじゃないよな。


 先輩、どこで悶えたのかな……。活字じゃねーとわからないのかも。

 これは先輩との話が、すれ違う可能性もあるし、ネタにはできねーな。


 はぁ。

 小遣いは減るし、ユキは最近、なおよくわからねーし、散々な1日だ。

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