第11話 見つけちゃった
先輩の家の住所にたどりつくと、可愛らしいレンガ色の一軒家がたっていた。
表札を見る。
『主代』
間違いない。
ここが天国だ……!
インターフォンを押すと、先輩はすぐに出てきた。
「こんにちは、三枝くん」
私服は白のワンピースに、ピンクのカーディガン……。
胸元がすこし開きぎみな気がするが、俺の心は清らかなので、気にならない。
俺は手土産を渡した。
「あの、これクッキーらしいです」
「らしい?」
「あ、いや、クッキーです!」
「ふふ……、今日も元気ね。あとで出すね?」
「はい!」
危ない危ない。
この手土産は、朝起きたら机の上にあったのだ。
メモが添えてあり、『どうせ手土産も用意していないと思いますので、どうぞお持ちになってください』と書いてあった。
この絶妙な辛辣さは間違いなくリコちゃんである。
そして確かに人のお宅にお邪魔するというのに手土産を用意するなどという頭がなかった。
ありがたく持参させていただいたというわけだ。
「じゃあどうぞ、三枝くん。誰もいないから、気にせず入ってね」
「お、おじゃましまーす……」
「案内するね。まあ、そんな広い家じゃないんだけど」
ユキの腕ひしぎ十字がためから抜け出た翌日。
天国へとつながる休日。
俺は迷うことなく先輩の家に遊びにきた。
いや、遊びではない。
勉強にきたのだ。そう。俺は勉強にきただけです!
どうやら、二階の部屋で勉強をするらしい。
階段を登った先のドアの前で、先輩はドアノブに手をかけて、可愛らしく微笑んだ。
「私の部屋、そんなに綺麗じゃないんだけど……いいかな?」
まさかの先輩の部屋だった。
完全にプライベートな空間。
ということは、かりに俺がその場でタイムスリップをしたら、無防備な先輩に会えるというわけである。つまり犯罪すれすれ。
「……だめだ、鼻血がでそう」
「? 大丈夫?」
「ぜんぜん! おかまいなく!」
日本語がおかしい気がするが、どうでもいい。
はやく勉強したいのです。
◇
「せ、先輩、ここがわかりません……」
「そうね、ここは、この文から推測すると、過去の説明をしなければならないから――」
床に置かれた小さな丸机に、俺は勉強道具をひろげている。
いや、広げるとうには、机はせますぎる。あくまで置いているだけ。
すでに手土産のクッキーは空っぽ。先輩の趣味にかなりヒットした味だったようで良かった。
俺は紅茶味だとか抹茶味だとかは苦手なのでチョコチップクッキーだけ食べた。
まあそんなことはどうでもいい。
重要なことは別にある。
机が小さいということは、つまり――隣り合う人間の距離感が狭まるということだ。
ふくよかな胸をもってらっしゃる秋葉先輩が俺のノートを覗きこむたびに、なにかがぶつかる。
つまり……俺の肘が、他のパーツに殺されてもおかしくないほどの、幸せ状態だということだ。
あとは、わかるな?
「――ということかな? わかったかしら、三枝くん」
「はい! 肘のやろうはシメておきますから!」
「しめ……?」
「あ、いや、こっちの話です――は、ははは」
適当にごまかすと、秋葉先輩はくすくすと笑った。
「それにしても三枝くん、随分集中してたね。2冊も本、読み終えちゃった。……そろそろ休憩にしましょうか?」
時計を見る。おそろしいことに数時間が経過していた。
夏は過ぎ去り、日が落ちるのもはやくなった。
外はすでに薄暗くなっている。
どうやら肘ヘブン状態により、時間の感覚がなくなっていたようだ。
というか、だな。
キリも良いし、これはタイムリミットというやつなのではないだろうか?
さすがに遅くまでは居られないよな……。
先輩のご両親だって帰ってくるだろうしさ。
そんなことを伝えると先輩は、なんだか不思議な感じのする笑みをうかべた。
なんていうか、期待と焦燥のいりまじった……たとえば、美味しいものを食べたいのに、お腹がすいて仕方がないときの、どうしようもない感じだ。
「あのね、三枝くん」
「はい?」
「今日、誰も帰ってこないの。帰ってくるのは明日の夕方」
「え?」
いま俺、成功率100%の即死魔法かけられなかった?
「三枝くんが、望むなら、つまり明日まで――ここにいていいのよ?」
信じられないが、現実らしい。
つまりこれは、俺、お泊まり勉強会をすすめられているということか?
オールで日本の歴史を学び直すとかだろうか。
た、たえられるかな……?
しかし俺は、にっこり笑う先輩に、骨抜きにされてしまった。
い、いかん。
よくわからないが、これは、まずい!
「トイレおかりします!」
一度、冷静になるために撤退だと立ち上がった――その時である。
骨抜きにされた俺の体がよろめき、背後の本棚にぶつかってしまった。
いやな感触がしたのは間違いではなく、なにか不安定に置かれていたものが、どさどさっと上から落ちてくる。
「あ、す、すみません!」
先輩の大事な本を汚してしまっただろうか。
焦りながら本を拾い上げる。
偶然、タイトルが目に入った。
『金髪男子の落とし方』
『金髪男子を調教しよう!~緊縛編~』
『ロープの歴史とその技』
「……?」
なにこれ。
海外文学?
それにしちゃ……ニッチなタイトルすぎやしないだろうか。
解答を見つけられない俺へと、先輩は口を開いた。
「ああ……それ、見つけちゃった?」
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