第13話 幕間的つづき(主人公視点)

 本を拾い上げながら先輩は言った。

 その表情はなんだか熱っぽくて、目がとろんとしている。


「ああ……、やっとこの時がきたのね……!」

「せ、先輩?」

「わたし、ずっと我慢してたのよ、三枝くん……」

「な、なにをでしょうか……?」


 秋葉先輩は別の棚をごそごそといじっている。


「今の時代ってほんとうに便利。わたしみたいな人間だって、簡単にこういうものが手に入るんだもん」

「こういうもの?」


 奥からカマゾンの段ボールが出てきた。

 先輩は大事そうに蓋を開いた。


「ああ、きれい……」


 赤いロープが何本も何本も、ぎゅうぎゅう詰めに入っていた。

 まるでミミズを箱の中につめたような、ちょっと言葉にしにくいおぞましさを感じる。


 俺の思考は白旗をあげていた。

 だって天使が堕天使になった感じだぞ。

 いや、どっちでも先輩は美しいのだけど、さすがに思考は乱される。


 先輩は赤いロープを、割れ物でも扱うように慎重に手に取った。

 それから、一転、両手でロープの両端を持って、ピシンと音がするほどに引っ張った。


「三枝くん」

「は、はい?」

「縛らせてくれる?」

「……俺が先輩を縛る?」

「反対」

「俺が、先輩に縛られる?」

「正解」

「……ちょっと脳内会議を開きます」

「うん、待ってるね」


 よし。

 まさか了承されるとは思っていなかったが、なんとか時間を確保したぞ。


 冷静に考えてみよう。

 いや、冷静になれるわけはないのだが、それでもきちんと考えてみよう。


 まず俺は先輩の家に勉強にきた。

 そしてそれは実行されていた。

 だから先輩は俺を縛りたい。


 うん。

 おかしいよな!?


 ちょっと待て、ちょっと待て。

 なにか……、なにかを見落としてやしないだろうか。


 もっと根本的な部分から考えてみよう。


 先輩はきっと知的好奇心の強い女性で、そして胸が大きい。

 だからきっと文学として、芸術として、性的な意味はなく緊縛に興味があるのだろうし、胸が大きいのだ。

 そしてだから俺を縛りたいし、胸が大きいのだ。


 よし。

 わからねえ!


 その時である。


「これ、まだ残ってたのね。とってもおいしい」


 俺の提案を律義に待っていてくれる先輩が、手持無沙汰になったのか、クッキーを一枚つまんで食べはじめた。


「……クッキー?」


 そういえばこれ、リコちゃんがくれたクッキーだよな。

 無地の袋と箱に入っていたのでおそらく手作りなのだろう。


 味は5種類も入っていたけど俺が食べたのはチョコチップだけだ。

 他は抹茶とか紅茶とかで俺の趣味ではなかった。


「……趣味ではない……俺は食べてない……」


 ちょっとまてよ……?

 まさか……。


「まさか、このクッキーのせいで先輩がおかしくなっているんじゃないのか……?」

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