第14話 幕間『リコ視点』

 わたしは自室の時計をベッドに寝転がりながら見ました。

 夜にさしかかる時間。

 まだ兄さんは帰ってきません。


 兄さん人形にチョークスリーパーをかけますが、人形なので何も答えません。

 まあ人間相手でも、これじゃあ答えられないですけど。


「まさか事故にあったとか……?」


 いや、それはありませんね。

 童貞を捨てるまでは死んでも死なないでしょう。

 良くも悪くも兄さんは特別ですから。


 それにしても昨日からわたしも働き通しで疲れました。

 昼寝をして起きたのがさっきです。


 対して兄さんは元気に生きていることでしょう。


 憧れの先輩の家に行くと喜んでいたのが昨日の晩。

 童貞の兄さんらしく、その夜は中々寝付けずに、寝坊してしまったのが今日の昼。


 わたしはその間に全てを終わらせておきました。

 時間が足りなくて、眠気との戦いでもありましたが、わたしは勝つことができたのです。


 ではなぜ、兄さんは帰ってこないのでしょう?

 予定では、その先輩がクッキーを食べて寝てしまい、途方にくれた兄さんはそっと帰ってくるはずなのですけど。


「まさか、寝込みを襲うパターン?」


 いや、それはないですね。

 童貞ですし。


「では兄さんもクッキーを食べてしまったのかな。でも兄さん、チョコチップクッキーしか食べないですよね」


 わたしが用意した手土産を兄さんは持っていった。

 味は五種類。

 そして兄さんが食べるのはその内の一種類――チョコチップクッキーだけ。


 よって他のクッキーにはちょっとした仕掛けをしておいたのだ。


 食べたら眠くなるようなお薬……いや、そういう作用のある漢方……うーん、つまり調味料ですよね。

 あ、それ採用。


 そうなんです。

 気分がリラックスする調味料を入れておきました。


 我ながら、できた妹です。

 兄さんの危機を救うとは、こういうことを言うのです。


「リコちゃんさすがです」


 でも兄さんが帰ってこない理由だけはわかりません。


 考えても無駄に時間が過ぎるばかり。

 わたしも暇じゃありません。

 お腹がすいたので納豆を混ぜなければなりませんし、昨日の調味料の補充もせねばなりません。


「まあ、そのうち帰ってきますよね……では、昨日使ったクス……いえ、調味料の在庫を補充して、それから納豆をまぜましょう」


 わたしはベッドから立ち上がり、兄さん人形を三回踏みつけてから、部屋の片隅に設置してある隠し棚を開きました。


 その時です。

 睡眠をしっかりととった脳が、寝不足だった自分の間違いを発見してしまいました。


「あら……? 睡眠……いえ、心地よく眠りにつける調味料が減ってないですね……?」


 おかしいです。

 昨日、たしかに使ったはずですが。

 では昨日、クッキーに混ぜた調味料はなんなのでしょう。


 わたしは薬品……じゃなかった。調味料入れを順繰りに見ていきます。


 その結果。


「……興奮作用のあるやつが減ってますね。まだ実験してなかったやつです」


 うーん?

 うーーーん?

 うーーーーーーん?


 なるほど。


「てへぺろ」


 兄さん童貞ですし、大丈夫でしょう。

 

 効果があったら、今度はチョコチップクッキーのほうにそれを入れてみることにすればいいですしね。


 わたしは見なかったことにして棚をしめました。


「さて、納豆納豆~♪」


 乙女に納豆。

 これこそ青春です。

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