第16話 俺の前だけ超テキトー。

『ふにゃあ』


 先輩の最後の言葉は、それだった。

 その後、全身から力が抜けたようになり、足元から床に崩れ落ちる――と思いきや、横にあったベッドに寄りかかるようにして倒れこんだ。


 おそるおそる近づいて確める。

 大きすぎる胸が、ゆるやかに上下している。

 ふともものあたりを見たら、もしかすると見えちゃいけないものが見えちゃうかもしれない。


「先輩?」


 ちょんちょんと、肩を触るが反応はない。


「せんぱーい?」


 ちょんちょんと、鎖骨を触るが拒否はない。


「ち、ちくしょう……腕が勝手に……ああ、ダメなのに制御が……」


 と、それっぽく胸を触ろうとしたが、意に反して、手は動かない。

 さっきまでは止めても止まらなかったというのに、なんてことだろう。

 俺の気持ちとは逆に動くらしい。


「ま、いいけどさ……」


 どうやら助かったようだ。


『すー、すー』


 寝息は穏やか。

 先輩の頬が赤いのを見るかぎり、このクッキー、アルコールでも入ってたんじゃなかろうか。


「先輩、甘酒で酔いそうなキャラしてるもんな」


 リコちゃんめ。

 どういう意図かは知らないけど、帰ったら叱らないといけないな。


「ま、でも、そのおかげで助かったんだし、プラマイゼロか」


 俺は先輩の肩に布団をかけてやると、机の上にメモを置いた。


『先輩、お疲れみたいだったので勝手に帰りますね。鍵は推理小説で見た方法で、上の鍵だけ掛けておきますので御安心を』


 うまくいくかは知らねーけども。

 あと、その間に先輩の家族が帰ってきたら、俺の未来にロックがかかるけど。

 放置できないから仕方ない。


「あーあ……、夢みたいな時間だったなあ……」


 電気を消して、そっとドアを閉じる。


 こんなこと二度とないよなぁ。

 そもそも先輩、覚えてるのかな。


 なんやかんやと考えながら、ガチャリと鍵をかける。

 うまくいくもんだ。


 では、これにて終了。


 俺は先輩が寝ている二階を見つめ、プリンみたいに震えていた母性を忘れるように努め、すべての欲を振り切るように、先輩の家を後にした。


   ◇


「はぁ……ほんと、疲れた。ずいぶんと遅くなっちまった……」


 自宅につくと、家族はすでに寝ていた。

 俺も風呂に入ってすぐに寝よう。


「それに……いまなら、夢で続きができるかもしれないしな。明晰夢とか見れないかな」


 あら?

 わたし、天才?

 天才あらわるじゃない?


 落ち込みから、一気にウキウキ気分へ。

 そうとなったら、早く寝よう。

 俺は軽快に階段を上り、自室の電気をつける。


「――レ、レオ、おかえり!」

「……なんでお前がいんの? 電気ぐらいつけりゃいいのに」

「ま、まってたのよ! ほら、これ……かわいい下着でしょ?」

「赤色ってのは、ポイント高い」


 ユキだった。

 ベッドのうえで、なんかよくわからないポーズをしている。

 やけに薄手の衣服を身に付けているもんだから色々と見えてる気がするんだが……暗闇のなか1人で何をしてたんだ、こいつは。


「レオ! もうわたし、決めたの!」

「とりあえず自宅に戻って寝なさい。あとお腹がひえるから、腹巻きしなさい」

「わたしのこと、大事な幼馴染みって言ってくれて……嬉しかった!」


 ユキが抱きついてきたので、ひらりとかわす。


「はぁ? そんなこと言ってねーって」

「嘘よ! わたしは聞きました!」

「なんの話だよ……」


 まさか先輩との話のことか?

 っても、まさか盗聴でもしてなきゃ聞こえやしねーだろ。

 それともなんか電波でも受信してるんだろうか。

 どうにせよ、今日はもう疲れたので寝たい。

 夢で続きをしないといけないし!


「わかった。ユキ。せめて明日にしてくれ」

「明日じゃ遅いよ……! わ、わたし、もう我慢できないんだから……!」

「くねくねすんな。とりあえず俺は、先輩の胸を触りにいくんだから。ほっとけ」


 夢の世界で、俺は夢を叶えるのだ!


「……どゆこと?」


 さすがのユキも話にはついてこれないらしい。

 だが、ついてこなくて良い。

 夢にまででてこられたら大変だ。


 俺はシッシッと手を振った。


「お前みたいな中途半端な胸はおよびじゃねーってこと。俺は先輩みたいな大きいのがいいの」

「で、でも、わたしのこと大切なんでしょ……?」

「今は先輩の母性がいい。忘れないうちに寝ないと」

「……わ、わたしは? ほらこの下着! どきどきしない? こ、ここに穴が空いてるから好きに――」

「お前にそういう興味なんてねーから、はやく寝ろ。冗談にもならねーよ」


 ユキは家族みたいなもんだ。

 いちいちそんなこと考えてちゃ、付き合っていけないほど近いのだ。


「……は?」


 瞬間。

 なにかがキレる音がした。


「ん? なんの音だ?」

「……の」

「いま聞こえたよな? なんか、すげえ音」

「……、……んの」

「縄がキレたみないな、大きな音が――」

「――こんのぉ、おおばかやろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ」

「はっ!?」


 気がついた時にはもう遅い。

 俺は薄着のユキに体を取られ、頭を取られ、足を取られ、腕を取られ――気がついたら。


「卍固めの完成!? しかも変則バージョン!?」


 こいつ技のレパートリーすごくない!?

 いや、そんなこと気にしている場合ではない!


「ばかぁぁぁぁぁぁぁぁ」

「ちょっとまて! 色々やべえから!」


 薄着のときにする技じゃねえだろ!

 なんか色々と見られたらヤバい状況だぞ!?


 その時である。

 ドアががチャリと開いた。


 リコちゃんだった。


「兄さん、帰ってきてたんですね。ずいぶんとうるさいですけど――とりあえず納豆もってきます」

「ちょ! ちょ! 先に助けて!?」


「レオのばがあああああああああ」

「だから、色々当たってて、誤解されるからやめろぉぉぉぉぉぉぉ!」


 遠くから聞こえてくる犬の遠吠え。

 よく分からぬ咆哮が響き渡る住宅街。


 天使との楽園から一転、幼馴染みによるプロレス技の地獄。


 脳裏をよぎる疑問の数々。


 先輩、いい夢みてるかなぁ?

 リコちゃん、納豆をなににつかうのかなぁ?

 俺の人生なんなんだろうなぁ?


 答えはなく、だから技も緩まない。

 だからとりあえず。

 これだけは言わせてもらおうと思います。


 この幼馴染み――俺の前だけ超テキトーすぎんだろ!?




【第一部・おわり】

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完璧主義の年下幼なじみ、俺の前だけ超テキトー。 斎藤ニコ・天道源 @kugakyuu

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