第9話 腕ひしぎ十字がため
るんるん気分で帰宅をしてみれば、ベッドの上にやたら気分の悪そうなユキが仰向けに寝ていた。
視線だけをこちらに向けて、やけにトゲトゲしい言葉。
「おかえり、レオ。なにか言うことは?」
「俺の人生、今が一番幸せかもしんない」
「わたしの不愉快さを全力で無視するご意見ありがとう!!」
ガバッと起き上がりつつツッコミをいれてくる様は、まるでプロの漫才師のようだ。
「安心しろ。おすそわけはしてやるさ」
ユキは可愛く首をかしげながら、近づいてくる。
「……? なんの?」
「もちろん幸せのおすそ――ぶふぁぁぁ」
みぞおちに、致死量ダメージを確認。
「シネ! シネ! このバカバカなレオバカまる!!――わたしが、いつも陰から助けてあげてるの、なーーーんにもしらないくせに!!」
「はいはい、わかったよ。今日もどーもありがとな」
「そういうことじゃないのよ!」
「ああ?」
そういうことじゃないってーと、つまり?
「明日もよろしく?」
「そうそう、予約は大事よ? 今日がだめなら明日のユキちゃん!」
「おお! たのもしいな!」
「えへへ!」
「あはは――ぐふぁぁぁぁぁ」
アゴにクリティカルヒットを確認。
「ふざけんじゃないわよ! こっちは漫才したい気分じゃないのよ!!」
漫才なんてしてたつもりは、これっぽちもないんだが……。
「ったく。花の女子高生つかまえて、失礼しちゃうよね!」
「言い方」
「ん?」
「言い方が昭和」
「ああ?」
「ぴゅ~ぴゅ~(口笛)」
しかしなんでこいつ、こんなに機嫌が悪いんだ?
「ねえ、レオ。さっき、人生で一番幸せとかいってたけど、なんかあったの?」
「ん? おお、そうだ、きいてくれよ! 俺はやりとげたぞ!」
「先輩の家に遊びにいくのはやめてね?」
「実は先輩のい――な、なんで知ってんの?」
まだ誰にも言ってねーぞ?
「エスパーだから」
「いやいやいやいや」
リコちゃんにしろ、ユキにしろ、真面目な顔して冗談はやめてほしい。
「まあ、理由なんていいでしょ! とにかく、だめ! そんな危ないところ、行かせられるわけないでしょ!」
「いや、危なくないだろ……」
むしろ天国だろ……。
「いいわ、レオ。わたしが、とても大事なことをひとつ、忠告してあげる」
「大事なこと?」
「ええ。これは、ユキちゃん研究所が長年、レオを観察したうえでの報告なの」
……そこはかとないデジャヴを感じるのだが。
「レオ。あなたにはね、人をたぶらかす能力があるわ」
デジャヴだわ。
これ、デジャヴだわ。
「この事実に気がついているものはおそらくわたしだけよ……」
さっきから外面の良い完璧モードになっているところ悪いのだが、その報告はリコちゃん所長からすでに聞いている。
「だからね、レオ? レオぱいせん? あなたは、ほいほいと女の子の家に行ってはいけないの。行ったらとんでもないことになるわ」
「とんでもないって、どんな?」
ユキはとても深刻そうな顔をした。
「たとえば寝込みを襲われたり」
天国じゃん。
「たとえば相手に見境がなくなったり」
極楽じゃん。
「たとえば相手の隠していた、もうひとつの一面をレオにだけみせてくるのよ?」
「俺、絶対に行くわ」
「このバカレオ! 話をきいてたの!?」
「聞いてたから行くんだよ!」
正直なところ、フェロモンだの能力だの、そんな話は信じてねーが、ユキのせいで俺の脳内の秋葉先輩が、とんでもない服装でとんでもない格好をしている。
いかないわけが、ない!
「くっ……な、なんでよぉ……! なんでここまで心配してあげてるのに、わたしの話、きいてくれないのよー!」
「いや、聞いてないわけじゃないんだけどさ」
うつむいて泣きそうになっているユキをみて、何かを思い出しそうになる。
「なあ、ユキ。泣くなよ……?」
思わず肩に手を置くと――。
「レオの……」
「え?」
手をガシっと捕まれて。
床に転がされて。
腕ひしぎ十字がための完成。
「ばかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
「ちょっとまてぇぇぇぇぇぇぇ!」
でも、明日は行っちゃうもんね!!!
「ばかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
「やめろやめろ! 折れるぞ、ばか!!!」
ふっと緩む力。
「あ、そうか。レオの骨、折っちゃえばいいのか」
「サイコパス!」
そのあとリコちゃんが納豆を持って部屋に飛び込んできてくれたおかげで、俺は解放された。
意見の合わない俺とユキだが、リコちゃんが装備した納豆への恐怖だけは、同じなのである。
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