第3話 ノゾキ穴はもう使えません

 ユキが自宅へダッシュしてから数分後、とたとたと控えめな足音がした。

 じきに開くドア。


「兄さん。さきほどユキ姉が、外を走っていましたけど、またなにかあったのですか……?」


 十キロほど離れた私立のお嬢様学校に、単身、徒歩で通っている妹――『三枝 リコ』は夏も落ち着いてきたとはいえ、汗一つ浮かべることなくいつものように徒歩で帰宅し、そのまま俺の部屋にやってきたようだ。


 読んでいた本を机に置いて、リコちゃんを見る。

 あいかわらずの無表情――しかし家族やユキからすれば、十分分かるレベルの変化だ――の妹だ。


「ああ、本当に困った奴だよ……」

「服を着ていませんでしたが……」

「マジかよ!?」

「パンツを頭にかぶっていました……」

「嘘だろ!?」


 俺が盗まなかったから、そこまでするのか!?


「え? 嘘に決まってるではないですか」


 しれっと真顔でのカミングアウト。

 リコちゃんは我が妹ながら、とてもよく出来た妹で、容姿は俺と同じく金髪碧眼、肌の色も真っ白で、頭だって良い。


 ただなんていうか……、ちょっとぶっ飛んでいるところがあるのも事実だ。

 容姿が妖精みたいに幻想的な分、余計にたちが悪い気がする。


「リコちゃん。嘘はついちゃいけないって、父さんや母さんから、きつく言われてるだろ?」

「はい。兄さんの出生の秘密も含めて」

「そんな嘘はついちゃいけない。俺はこの家の子だ」

「え? あ、はい、そう、ですね……」

「深刻な顔を浮かべるんじゃない! 本当っぽいだろうが!」

「兄さんは、どんなときでも私を信じてくれますから、ちょろいんですよね」

「そこは感動の話に持っていけ。信じてくれるから、私も信用しているとかなんとか言ってくれ」

「し尿の話ですか……?」

「信用の話をしているんだよ。兄を変態にするんじゃない」

「え? 兄さん、変態の自覚ないんですか?」

「当たり前だろ。俺は普通だ」

「……、……くっ」


 くくっとリコちゃんは笑う。何がツボに入っているのかしらないが、声も上げずに一人で腹を押さえて笑っていた。

 我が妹ながら、よく分からない。だが、なんだかんだいって俺の事を好いてくれているんだとは思う。

 ちなみに中学生ながら、すでに高校生並みの大人びた外見をしている。趣味は散歩であるため、歩いているとナンパや勧誘が凄いらしい。

 

「では私はシャワーを浴びて、自習を始めます」

「うん。頑張ってね」

「お風呂場のノゾキ穴はもう使えませんからね?」

「そんなものはない」

「私専用ですしね」

「そんなものがあるの!?」


 とりあえずノゾキ穴は後で確認することにする。

 シャワーを浴びにいくリコちゃんを目で見送ってから、俺はふたたび漫画を手に取った。

 

 罪と罰……。

 正直な所、漫画だとしても、何が面白いのかを理解するのが難しすぎて、どうにもならないのが事実。


「でも、秋葉先輩と話したいもんな……」


 秋葉先輩とか言っているが、普通の時は『先輩』としか呼べない。

 秋葉、なんて下の名前を口にするだけでドキドキしてくる。

 いつか俺も秋葉先輩から『レオくん』とか呼ばれるのだろうか。


「……こ、興奮してきた」

「うるさああああああああああああい!」


 その時、自室の窓に隣接する、お隣さんの窓が開いた。

 ようするにユキの部屋だ。

 つまるところ、叫んでいるのはユキである。

 ジト目でこちらを睨んでくると、シャーっとカーテンをしめてしまった。


「一体、なんなんだよ……」


 そんなにうるさい話はしていないんだが……、あいつ俺の心でも読めるのだろうか……。

 学校でのユキしか知らない人が見たら、エイプリルフールだと思うに違いない。

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