Case2「蘇生者たち」

「記憶の変質」

第11話 情報交換

「……あれ?」


 タクシーの中、受け取った写真をくるくると裏返し、雄次郎は小さく声を上げた。


「どうした?」

「それが……この写真、裏に2011年って書いてるんです。……5年前なら、2016年……旧暦最後の年じゃ……」


 雄次郎の疑問に対し、リーヴァイは「ふむ」と腕を組んだ。


「おそらくは……2013年のトワイライト・イヤーが関係しているのだろう。まだ調査中……との噂だが、仮説は立てられているらしい」

「トワイライト・イヤー……12年周期で世界に変動が起こるってあれです……?」

「そうだ。ユウジロウ、貴様は新暦に変わった瞬間を覚えているか?」


 その呼び方、パワハラになりません?

 ……その言葉を飲み込みつつ、雄次郎は記憶を手繰る。

 確かに、ない。2000年以上続く西暦が新暦に変わったということは、長くとも数十年で小刻みな和暦よりも余程大きな騒ぎになるはずだ。……だが、記憶にない。


「空白だ」

「……空白……」

「ああ、俺は今年で31になるはずだが、肉体の感覚は20代のままだ」

「……俺も、自分が今年で21歳だと思ってましたけど……確かに、2000年代生まれの感覚ないんですよ……」

「……ふむ……」


 つまりは、時間の流れに空白があった。……そして再び、違和感すら抜け落ちるほど自然に流れ出している。

 ……それは確かに、大きな「世界の歪み」だ。


「本来は2013年から2025年まで12年が抜けており、後者、2025年のトワイライト・イヤーが時間の再構築であるという見方もある。……まったく、訳が分からん時代になったものだ」


 リーヴァイは眉間を抑え、深くため息をつく。

 世界のことわりがちぐはぐになったからこそ、人々は「神に見放された」と嘆いたのだろう。


 見放したんは、どっちや。


 雄次郎の胸の奥で、何か、黒い思念がざわつく。


「……。おい」

「はいっ!?」


 ……が、みどりの視線に射抜かれ、「それ」は跡形もなく霧散むさんした。


「着いたぞ」

「あっ、すみませんぼんやりしてました……! あっ」


 慌てて立ち上がり、タクシーの天井に頭をぶつける。……しまった、と悟った時には遅い。ぐらりと首が傾き、床に落下した。




 ***




「……ちゃんと誤魔化した?ㅤ変な問い合わせが増えるのは、勘弁して欲しいわね」


 応接室で腰を落ち着けた頃には、日も傾きかけていた。

 事の始終を聞き、ノエルは呆れたようにため息をつく。

 どうにか雄次郎の首を元の位置に戻し終え、リーヴァイはほっとしたように額の汗を拭いた。

 眉間のシワは、心なしか先程より深い。


「金である程度どうにかできるのが、資本主義国の利点だな。……経費に含まれるか聞いておかねばならんが」

「ほんとにすんません……」


 涙目になりながら、雄次郎は首をさする。

 すぐ落ちるのは困りものだが、くっつくのも早いのでそのままにして来た。……が、さすがにこうなると、どうにかした方がいい気もしてくる。


「……そいつの首のことは置いておいて……父親探しの依頼ねぇ。どうもきな臭いわ」


 爪のマニキュアを気にしながら、ノエルはぶっきらぼうに語る。……右手にマニキュアを塗っていないのは、憑依ひょういしたカミーユのためだろうか。


「クロード・ブラン……いや、今はダールマンか。奴は吸血鬼界隈から一線を引いた立場にいるからな。のが本来の目的だろう」

「あら、わかってて引き受けたのね」

「……ああ、こちらにとっても調査の口実こうじつになる。断る理由は特にない」


 雄次郎は首の角度を微調整しつつ、二人の会話にも耳を傾ける。

 感動に胸を熱くした自分の単純さが、少し恥ずかしくなった。


「でも……クロードさんはマリーちゃんの母親と仲が良かったんですよね……?」

「……それに関してだが……。……いや、今はいいだろう」


 意味ありげに言葉を濁し、リーヴァイは雄次郎の方へと向き直った。


「……さて、順番は前後したが、このあたりで職員を紹介しておこう。今は出かけている者も多いが、バックオフィス担当ならば──」


 と、言いかけたところで、ドアが派手な音を立てて開かれた。


「あのクソ兄貴!!ㅤまた女を連れ込みやがった……!」


 息を荒らげ、黒髪の男性が姿を現す。

 体格はそこそこ締まってはいるが、ネクタイが緩み、無精髭ぶしょうひげが顎を覆っているので必要以上にだらしなく見える。

 目元は黒々としたクマに彩られており、雄次郎の脳裏に労働環境への不安がよぎった。


「……念の為聞くが、合意の上だろうな?」


 リーヴァイの眉間のシワが、また深くなった。

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