第10話 依頼

『おはよう雄次郎。昼寝から起きたらすごく眼福がんぷくな光景が広がってるっぽいんだが、知っての通りおれはお前の見ている景色を見れるわけじゃない。なんかこう、薄ぼんやり何が起きてるか把握できる程度なんだ。つまり、後で写メよろしく!』

「撮れるか阿呆!!!」


 脳内でつなぎに突っ込みつつ、雄次郎は縦に裂かれたようなクロードの傷に目を見張る。

 リーヴァイも気まずそうに目を泳がせているが、白い肌に浮び上がる赤黒い痕は、彼がどのようなき目にあったのかをまざまざと突きつけていた。


「そんな顔しなさんな。確かに色々と突っつかれはしたが、これが悪いことばかりでもなくてね」


 にやりと口元に不敵な笑みを浮かべ、クロードは続ける。


「……どうだ、知りたいかい?」

「条件付き、とのことだったが」

「話が早くて助かるね」


 クロードは満足げに頷き、ゴソゴソと棚から一枚の写真を取り出した。

 栗毛の女性、茶髪の青年、金髪の男性、黒髪の女性、黒髪の少年に囲まれ、焦げ茶色の髪を頭の両サイドで結わえた少女が、緊張した面持ちで真ん中に立っている。


「……あ、シャルロットさんに……ロランさん?」


 写真の中のメンバーのうち、栗毛の女性と茶髪の青年……その2人に、雄次郎は見覚えがあった。


「なんだ、もう会ってたか」


 クロードは愛おしそうに、写真の表面を指でなぞる。


「これは5年くらい前に俺が撮った写真でな。真ん中の子……マリーの誕生日記念の一枚だ。そん時は確か、10歳だったか……その場にいたメンバーでテキトーに撮ったが、案外揃ってるもんだ」


 穏やかな、それでいて弾んだ声音で、クロードは思い出を語る。


「俺も、多少なら知ってはいるが……」

「お前さんの場合、妹がヴァンパイアの屋敷で働いてるもんなぁ。……リビーちゃん、可愛い子だよな」

「……その年で元気なのは結構だが、あいつはなかなかに厄介な女だぞ。やめておけ」


 2人はある程度顔見知りであるらしい……が、リーヴァイの妹のことよりも、マリーという少女のことよりも、「その年で」という言葉が雄次郎には引っかかる。……問う語彙を見つける暇もなく会話は次に移った。


「で、この子……マリーの親父について、頼みたいことがあってな。……依頼を果たしてくれりゃ、欲しい情報をいくらでもくれてやる」


 親父。……その言葉にリーヴァイがわずかに眉を潜めたのを、雄次郎は見た。


「父親探し……か?」

「まあ、そんなところだ。マリーの父親は人間でな。かなり珍しいケースだが、ヴァンパイアとの間に子を成したらしい」

「……臓器移植や、輸血……あるいは蘇生術でわけでもなく……か?」

「ああ、夫婦で血液型も違う上に、母親の心臓はまだ傷一つないヴィエルジュだぜ。……輸血で人間やめた母ちゃんママンもいるっちゃいるけどな」


 そろそろ、雄次郎には言葉が聞き取れなくなってきた。……と言うより、話についていけなくなってきた。


「……吸血鬼と人間って、子供できへんのです?」


 必死で追いつこうと、質問を投げかける。日本語で話しかけたが、クロードには通じるはずだ。


「きゅうけつき……という呼び名はあまり好まれませんよ。ヴァンパイア、と呼んだ方が無難です」


 すると、流暢りゅうちょうな敬語でサラリと釘を刺される。

 ……覚えておこう、と、雄次郎はメモを取り出し、書き付けた。


「……話は戻るが……マリーは生まれた時はヒトかヴァンパイアか分からず、父親の家で人間として育てられた。だが、ある日をきっかけに父親は姿を消し、俺たちヴァンパイアに引き取られることになった」


 語るクロードに、今度は誰も口を挟まない。……いや、挟めない。

 12歳の頃、親元を離れた記憶が、雄次郎の脳裏にまざまざと蘇る。


「……幼いマリーが握ってた手紙には『俺のことは死んだと思ってくれ』と書かれていたらしい」


 新幹線のホームで、泣きながら弁当を渡してくれた両親の姿。

 義母が高い駅弁を用意していたから、2つとも食べた。……2つとも、味の違いはわからなかった。そもそも、緊張と不安で味などわからなかった。

 雄次郎の境遇きょうぐうと、会ったことの無い少女の姿が、ぴたりと重なっていく。


「マリーはすぐに馴染んだし、母親も気丈きじょうに振舞ってるが……なんつうか……見てらんなくてな。生きてるか死んでるかぐらい、知っときたいだろ」

「……そうだな」


 リーヴァイは、重い声音で答えた。


「分かった。交換条件として受理しよう」


 黙り込んだままの雄次郎の脳内に、つなぎの声が響く。


『なるほど、雄次郎がこれからロリのために頑張るってことはわかった』

「お前もっと言い方どうにかならんのんか!?」


 脳内で突っ込みを入れつつ、雄次郎は始まったばかりの仕事に早速「やりがい」を見いだした。


「会わせてあげましょう、リーヴァイさん……!」

「あ、ああ。……そうだな」


 涙すら浮かべる雄次郎の熱意に、リーヴァイは少しばかり引いた様子を見せるが、やがて、大きく頷いた。

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