第3話 例外

 首が落ちる程度では死なない、と、切り落とした本人は語った。

 実際に雄次郎は首だけで泣きべそをかく羽目になり、動転した親友に「おれの腕を喰え!! あっでも齧るだけにしろよ!?」と髪を引っ掴んで持ち上げられ、無理やり口に腕を突っ込まれたことすら記憶に刻まれている。


「……死にかけはしたけど、一応死んでません……」


 落ちた首をどうにか元に戻し、弁明を続けたものの、当然ながら説得力はなかった。


「あー……俺らは保安の方なんでアレですけど、告発するならケースこいつが刑事の方に取り次ぎますんで……」

「条例が分からなかったなら、ちゃんと読み直すべきだよ。コピーなら渡すから」


 警官二人はまったく信じていない。その上、銀髪の方からは露骨に目をそらされている。

 人間とは身体の作りが違うので首が落ちても臨死体験で済むんです……と、伝える語学力も神通力も雄次郎には備わっていなかった。

 部屋の準備をするから、と廊下で待機を言い渡され、大きくため息をつく。早速、「俺は人狼ヴェアヴォルフです」と語る機会が近づいてしまった。


「蘇生術は人類の……あかん、読まれへん」

変化へんげしてみたらどうだ? 誤解が解けるかもしれないぞ』


 渡された文面を必死に読み解いていると、親友……大上おおがみつなぎの声が呑気に響く。誤解は解けるかもしれないが、余計な混乱を招きかねないので無視をした。


『臨死体験かつ人外だからイレギュラーなんです……みたいなことを上手く伝えられたら怒られないんじゃないのか?』

「怒られへんくてもどっかのアホ研究者に実験体にされたらどないすんねん」

『あー……それは困るな。あ、悪い雄次郎。これから講義だからまた後でな』

「おう、講師の先生泣かすなや」


 ……と、脳内通話が一段落したところで、目の前のドアが開く。

 ゴクリと生唾を飲み込みつつ、雄次郎は部屋の中へと向かった。




 ***




「君は吸血鬼ヴァンピール? それとも不死イモータル症候群・シンドローム?」


 部屋に入った瞬間、そう聞かれた。

 独特のイントネーションだが、わざわざ日本語で話しかけられる程度には良い待遇らしい。


 ちら、と、雄次郎の黒い瞳が相手を捉える。

 亜麻色の髪に蒼い瞳。……そして、つなぎが大喜びしそうな端正な顔立ち。これを美青年と呼ぶのだろうか、と、素直に感心した。

 隣には赤い長髪を一纏めにした男が、無愛想な表情で座っている。……こちらもこちらで整った顔立ちだ。男前や、二枚目と表現するべきだろうか。


「えーと……不死症候群? は1977年に発見されためちゃくちゃ死ににくい人間のアレです? ……せやったら、俺はどっちかって言うとそっちに近いかもしれません。両親は普通の人間なんで……」


 ゆっくり語り始めると、蒼い瞳の青年の表情が強ばった。

 まずいことを言ったか、と、雄次郎の身体も強ばる。


「…………待って。……リー君、「めちゃくちゃ」って何?」


 待って、は日本語だったが、後半の言葉は違った。雄次郎でなく、隣……赤髪の青年に向けられている。

 何となく内容は認識できた。……どうやら相手の日本語力も大して高くはないらしい。


「……」


 翡翠の瞳がじろりとこちらを向く。警戒されている、と、本能で理解できた。


「ワタシ 日本語 わかりません」


 真顔だった。真顔で、真剣に、真面目なトーンでその言葉は紡がれた。

 雄次郎は内心「うわっ初めて聞いた。ほんまにこういう人おるんや」とテンションを上げながらも、表に出さないように必死だった。

 危うく忘れそうになるが、「獣人」の類に対しては研究も理解も大して進んでいない。……下手に明かせばどうなるか、あまりに未知数。気を抜くわけにはいかない。


「…………『母親が日系3世だったから行ける』と言ったのはあなただろう」

「理想と現実は違うんだってことを今更ながらに思い出したよね」

「……できればもっと早く思い出して欲しかったものだな……」


 コソコソと何事か会話しているが、もしや、日本語に対応できる人間が少ないのだろうか。聞き耳を立てるが、困っていることだけしか伝わって来ない。


「ブライアンに電話かけるから待ってて。電話代はちょっと気になるけど」

「EU間なら問題はないはずだが」

「えっ、そうなの!? あ、でもあの子今イヌガミ本家にいるから……」


 イヌガミ。犬上。……その単語が雄次郎の耳に引っかかった。


「……あの、犬上家なら親戚です」

「えっ」


 蒼い方の瞳が見開かれる。


「リー君、分かったよ。この子きっと呪われてる」


 呪われてる、という言葉だけは聞き取れた。……語弊があるような気もするが、間違ってはいない。


 少なくとも雄次郎にとって、その性質は呪いだった。


「とにかく……誤解は解けました?」


 ある程度事情を知られているのなら尚更、長居したくはなかった。

 講義には間に合わないだろうが、寮に帰って休みたい。……何か、胸の奥がざわつく。


 ドクン、ドクンと心臓が高鳴り、感覚が研ぎ澄まされていく。……廊下の会話ですら聞き取れるようになり……「ヒトの鳴き声」が知覚化されていく。


「……何かあったらしいな」


 ……同じように、赤髪の青年も異変を察したらしい。


「まだ結論は保留だ。ここで待っていろ」


 赤髪が視界から走り去る。

 鋭敏に研ぎ澄まされた聴覚が、やがて、喧騒を拾い上げた。


「……事故……?」


 目前の青年が、独り言のように何事か呟いた。……雄次郎の脳は、ゆっくりと咀嚼するよう「ヒトの鳴き声」を解析していく。


「次の「晩年」も近いらしいし、また何か起こるかな」

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