縺れた糸

 

 中学生になった頃だと思う。

 喧嘩の最大の原因であった父方の祖母が亡くなった。

 

 痴呆症による深夜徘徊、ヒステリー、繰り返される妄言に母は疲弊していた。姉の部屋でわんこと三人でほとぼりが収まるのを待つことも減るだろうか。不謹慎だとは思ったが、正直、ほっとした。


「私は絶対にあんたらの世話にはならんから」

 母は何度も言った。


 そんなに意地を張らなくてもいいのに、と呆れていた。

 そして、そんな日がくるのだろうか、とも考えていた。


 ○


 高校生にもなると状況を俯瞰出来るようになった。


 母がなんで怒っているのか。

 父のなにが怒らせるのかも。


 母が世話にならんと断言したその背後にある気持ちを。

 父が見て見ぬふりをしてきた気持ちを。


 父が嫁姑の間で身動きが取れなくなったことも分かる。母になんとか説明しようとしていたことも。その言葉がもっともである時もあった。

 

 ただ、母にはもう見えていなかった。どれだけ言葉を尽くしても、すべてが歪んで見えるのだろう。どれだけ正しくても、父の発言というだけで受け入れられないのだろう。父の言葉がもう母に届くことはないのだと気づいた。

 

 小学生のときは、縺れてしまってもなんとか解けると思っていた。

 中学生のときは、縺れたままでもいいと思っていた。


 でも、ここに来てようやく気付いた。


 縺れてどうしようもなくなった糸のように。

 切るしかないこともあるのだ、と

 

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