世間体


 喧嘩をする二人を見て、姉は昔から自分の意見を言った。

「離婚した方が良いんじゃない?」と。

「毎日喧嘩されると鬱陶しい」と。


 僕は昔から現状維持を望んでいた。「自分の親によくそんな事を言えるな」と感心半分、呆れ半分で黙り込む。

 

 しかし、時間は僕らを通り過ぎていく。

 もう取り返しがつかないのは分かっていた。


 ただ、受験勉強中に家庭のごたごたまで考えるのが嫌だった。

 それならば怒鳴り声をBGMに勉強した方がましだ。

 だから、僕は受験が終わるまで沈黙を貫いた。


 ○ 

  

 そして無事、志望校に合格し、大学生になってから母に言った。

「別れた方が良いと思う」

「……そう、わかった」

 僕からその言葉を聞いて、ついに観念したような、肩の荷が下りたような言い方だった。


「でも、離婚するのは○○ぼくが成人してから。世間体的にね。それで良い?」

 毎日あれだけの怒号を響かせて、なんの世間体だろう、と意地悪く思ったが、

「それでいいと思うよ」

 とだけ返した。


 ○


 その後、父は家を出ていった。

 家庭内別居状態で、ほぼ部屋に籠っていたから生活はあんまり変わらない。

 むしろ、顔を合わせると勃発するいさかいから解放されていた。


 正直、おばあちゃんが死んだときと同じくらいほっとした。

 これは父も母も姉もみんな思ったことだろう、と確信している。


 そして、僕は自由な時間を謳歌する。

 ゆるゆるとした大学生活。

 誰もいない静かな家の解放感。

 こんなにも何もない時間があるんだと初めて知った。

 

 僕が二十歳はたちになって、母は離婚届を出した。

 形式上続いていたしがらみがすべて清算された。


 しかし、母は姓を戻すことは無かった。

「世間体があるから」

 そう言った。

 

 この時、はっと気づいた。この家族を引き留めていたのは自分だったんだ。別れることなんてもっと早くから出来た。でも、高齢で僕たちを産んだ両親は、息子を気にした。


 息子に何かないように。

 奇異の目で見られないように。


 世間体とは、年少の僕に対する周りの目のことを言っていたんだ、と。

 

 その時は、結果としてそれが良かったのかは分からなかったけれど。大人になった今では、あくまで僕たちのことを考えての結論だと理解できる。だから、それで良いと思えた。


 


 のちに、両親には守るべき自分たちの世間体も何もないと分かったから。

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