踏み出す勇気と支え合える仲間の存在が、青春の色彩を豊かにする。
- ★★★ Excellent!!!
小説を1作完成させるのはものすごく大変なことである。長編作品なら尚更だ。
経験のある人なら躊躇なく首肯できるであろう。
かく言う私も創作者ゆえ、1作を書き切る為にいかに時間と気力と体力を注ぎ込まねばならないかをよく知っている。途中でモチベーションが低下し、未完のまま放置してしまっている作品もある。
しかし、本作の作者は成し遂げた。2年がかりで。
いや、正確ではなかった。本作は作者の実体験がもとになっており、体験当時からカウントすれば10年ほどか。小説という形で着手したのは最近のことだが、10年前から「いつか何らかの形にして、高校の恩師たちに手渡す」という決意を胸中に抱いていたとのこと。即ち、恩返しである。
様々な巡り合わせによりカクヨムにupすることとなったわけだが、評価やランキングなどを意識して記された物語では決してなく、ただただ自身の人生を文字におこし再現せんとして紡がれた物語であるというバックグラウンドを知った私は、作者と個人的な付き合いがあり親しい間柄であるという点を考慮しても十分に“エモい”と感じられるのである。
日夜、推敲に推敲を重ね、遂に1つの物語として完結まで導いた作者の努力に、先ずは拍手を送りたい。
早々に本題から外れたが、閑話休題。
勉強もできず友達もいない、ついでに女子にもモテない。今風の言い方をすればスクールカースト底辺の少年が、迷い悩みながら仲間と共に切磋琢磨してゆく青春物語。
ナァンだありがちな設定だなと感じるかもしれない。そりゃあそうだ。本作は脚色こそなされているが“実体験”なのだから。日々の暮らしは往々にして単調で、ドラマティックな出来事はそうそう起こらない。
どこにでもいそうな冴えない高校生が、“声と言葉のボクシング”という珍しい競技を通じて成長してゆく。リアリティー溢れる文章で描かれる、ありふれた日常からの脱皮。興味をそそられるには十分な要素ではないだろうか。
特に印象深いのは先ず第7話。本作の真のスタートは本話からと言っても良いだろう。
何の準備も策もなく、しかし表現することを余儀なくされた場面。もし自分が鷹岡の立場だったらと思いながら読むと緊張感が走る。
冷めた態度で淡々と日々をやり過ごしてきたそれまでの自分への訣別、鷹岡という男の人生の幕開け(いや、それは大袈裟か)。次の第8話で彼が即興で繰り出したポエムにはそれだけのパワーがあったと思う。
そして、リョウエイと中島の2人を迎えて結成されたチーム“厨時代”。
Google検索で「声と言葉のボクシング 厨時代」と検索すると、一番上に彼らのインタビューが載った記事が出てくるので興味のある方は覗いてみてほしい。
リアクションが大きくてその場に居るだけで存在感のあるリョウエイ、頭の回転が速く、誰よりも冷静に状況を俯瞰できる中島、そして学校では落ちこぼれだが、思い切りのよさでは負けない鷹岡。表現の仕方も得意不得意もバラバラな三人だからこそ、それぞれが補い合いながら濃密なパフォーマンスを行うことができるのだと私は思う。
第34話で、鷹岡が家族への罪悪感に苛まれながら煩悶した時の、中島の
「俺たちに任せて、アキは全力で思いの丈を会場にぶつければいい」
という台詞、そして第35話の鷹岡の叫びと、両脇から彼を支えるリョウエイ、中島。
人それぞれに異なる事情があり、異なる長所や短所があり、生み出す言葉も仕草も異なるからこそ私たち人間は他人への興味関心を働かせ、個性ある仲間の存在を大切に思い、支え合えるのかもしれない。そう実感したシーンだった。
他にも取り上げたいシーンはたくさんあるが、あまり挙げるとネタバレになってしまうのでこのくらいにしておこう。
“声と言葉のボクシング”という競技に興味を持った方、作者の人生(せいしゅん)を覗いてみたくなった方、ぜひ本作を読んで頂きたい。