トランプは万能な遊び道具である

 彼はさっきから、ちびりちびりとウィスキーを飲んでいる。

「寝る前に酒ってあんまりよくないんじゃないですか?」

「うーん。リナには言わないでねー。あの子、お小言言うからあ」

 超上機嫌。ちょっと酔っているらしい。

「……言われてるうちが花だと思いますけど」

 心配しているからこそ小言も言うし、怒ったり叱ったりするのだ。

「あはは! これは一本取られたかな」

 けっこう飲んでいる様子なのに、吐息から酒精の香りはあまりしない。

「っていうか、このトランプどうしたの?」

「……機会があったら遊び道具に……と思いまして」

 もうこんな時間で、オウキさんはぐでんぐでんだ。

 2人で出来る競技などスピードしか知らない。酔っぱらった人がまともにできるとは思えないのでまた明日。

「トランプ知ってるんですね」

「そりゃあ知ってるよ。研究生とよく遊ぶもの」

「研究生……ってなんですか?」

 翰川先生などからも聞くワードだが、正式な意味はよく知らない。

「うん? 大学3年の終わりくらいになったら、生徒が教員それぞれの元に配属されて、卒業研究に着手するんだよ。その生徒のことを研究生とかゼミ生とか呼んで……魔術学部うちでは弟子なんて呼び方をする先生もいるかな」

「おお」

 なんだか格好いいな。

「自分が研究したいと思うテーマに近い研究分野の先生を選んで志望して……人気が高い先生の研究室だと、成績と相性次第になっちゃうけどね」

「人気が高いとなるとどことかあります?」

 学部とか学科とか。まだよくわかっていないけれど。

「キミの先生は大人気だよ。神秘を技術にする寛光大学の花形だ。そもそもがひぞれに憧れてやってくる生徒多いし」

「凄い人なんだなー……」

「キミの言う通り、ひぞれは凄い人のはずなんだけどね。普段がね……」

「……ですね」

 今日の車内でのはしゃぎっぷりを思いだすと半目にならざるを得ない。

「ちなみに、シェルは『類友研究室』って呼ばれてる。頭の出来は最高に優秀なのにねじが吹っ飛んだ狂人と変人が集うよ」

「恐ろしい研究室もあったもんだ……」

「シェルでさえ、研究生には怯えさせられてるからねー」

「あの人恐怖って感情あるんだ」

「キミはシェルをなんだと……あー……はい」

 ご友人の弁明をしようとしていたようだが、やがて澄んだ目をしてこう言った。

「シェルだって生き物だもの。恐怖くらい所持してるよ」

「そ、そうですね」

 こくこくと頷くと、オウキさんはトランプに視線を戻した。

「ってことで、俺は自分の研究生とよくトランプで遊ぶんだ」

「気さくでいい雰囲気なんすね」

 距離が近いのだろう。

「そう。現実逃避に付き合って楽しく大富豪」

「…………え」

 現実逃避?

「うちの大学は、テスト前・論文締め切り前になると、学内ネットに『タイムリープ お手軽』『人生 リセット 方法』の検索履歴が大量に残るくらい楽しい大学だよ!」

「まさかそれを本気でアピールポイントにしてるわけじゃないですよね? そうですよね?」

 微妙に目を逸らしながら彼は答える。

「えー、面白いよお? 特に、自分のとこの研究生が検索する姿を見てしまったときには苦笑いするしかないよね」

「いやいやいや‼ 相談に乗ってあげてくださいよ!」

 あんたの生徒さんだろうに!

「研究生は卒業目指して必死で論文を書く訳なんだけど……『まだまだ時間残ってるし余裕でしょ』みたいなノリでいると、就活やら進学準備やらで作業時間は圧迫されて。最後には『もう一回遊べる〇ン』状態に」

「太鼓の〇人みたいなノリで言われましても」

 そんな軽い響きで留年なんかしたくない。

「だってさー。俺はメッセージ回してるし、研究室の掲示板もリアルでもネット内でもちゃんと連絡してるのにさー。出席もしないし進捗報告もしないしで。それが締め切り1か月前になって『全然終わってません助けて』とか言うんだよ?」

 確かに、それは生徒側に問題ありだなあ。

「他の生徒の面倒も見てるのに、なんでそんなサボり太郎くんを助けてやらなきゃならないのさ」

「……で、結局その人はどうなったんすか?」

「間に合わなかったから一回留年。今年に卒業させる」

 ため息を一つ。大学の先生も大変らしい。

「脅しかけるような例を出しちゃったけど……卒業研究・卒業作品は一年で終わるのが前提だから。きちんと計画立てて頑張ればなんとかなるよ」

「作品もあるんですか」

「俺は魔術工芸科。工芸は家具や道具、食器を作り出すもの。研究の代わりに作品をつくっても合格点貰えれば卒業できる」

 『物理の方の工業学科でも作品で卒業できるよ』と付け足す。

「作品の方が楽そうですけど……」

「研究よりは早く終わらせられるかもだけど、査定は滅茶苦茶厳しいよ」

「……一長一短?」

「かも……っ」

 けらけら笑う彼が、少し咳き込む。

「えふっく」

「水いります?」

 冷蔵庫に水のペットボトルが入っていた。無料らしいので遠慮なく差し出す。

「ありがと」

「こんな時間にウイスキー飲むからじゃないんですか」

 さりげなく酒瓶をテーブルの端に移動させる。

「覚えておくといい、光太。酒でむせるとひどい」

「さほどいらない情報。……いいから大人しく水飲んでくださいよ」

「あははは。心配してくれるんだねえ」

 ふんにゃりと笑う顔は、どこかミズリさんを思い起こさせる。顔立ちの系統自体は違うのだが、なんとなく似ている気がした。

「あー、もう。楽しいなあ、光太。見てるだけで笑えてくるよ」

「ものすごい失礼なこと言ってるのわかってます?」

「けっふ……」

「お水、それ飲み切っちゃって大丈夫ですから」

 冷蔵庫にはまだ2本入っている。俺自身も買ってあったペットボトルはあるし、オウキさんにあげてしまっても平気だ。

「ごめんね」

 ペットボトルを開けて飲み始めた。一気に半分くらい減っていく。

 ぷはっと息を吐いて笑う。

「それだから、ひぞれはキミが大好きで、リナはキミが苦手なのか。うんうん」

 よくわからないうちに、よくわからない納得がなされた様子。

「……シュレミアさんはどうなんですかね」

「んー……あの子、頭が良すぎるからなんでもかんでも見抜いちゃう。キミに対しては普通じゃない?」

 あの塩対応が、普通。

「そんなものだよ。……ただ、あの子は若者は助けるべきだってスタンスだから、困ったことがあれば十分に頼れるよ。問題解決能力は高いし、礼節と敬意を持って接したらその分だけの誠意で返してくれる子だ」

「そうですよね」

 俺が慇懃無礼なアホだったから怒らせてしまっていたが、漏れ聞こえる佳奈子との会話を聞いていた限り、シュレミアさんはそういう人のようだ。

 距離感を掴めばきっと普通の会話もできる。

「そうそう。頑張ってね」

「? はい」

 翰川先生と居る限り、シュレミアさんと接する機会はゼロではない。円滑な会話を心がけて頑張ろうと思う。

「……もう11時前だね。長々と居座っちゃった」

「ほんとだ。……でも、最近勉強してたらけっこうこんな時間ですし、大丈夫ですよ」

「ありがとねえ。気遣ってくれて。もしかして、キミはカウンセラーとか向いてるんじゃない?」

「いや、そんな……」

 カウンセラーは人の相談を聞いて、アドバイスしたり諭したりするような人のことだろう。オウキさんの話を聞いてばっかりだったし……

「お悩み解決するばかりがカウンセラーじゃないさ。会話の中で的確な相槌が打てるのも大切な素養だよ」

「相槌……」

「そう。さっきの太鼓の〇人とか、アピールポイントとか」

「なるほど」

 オウキさんのツッコミどころに対して思ったことを反射的に言ったあれが、まさに的確な相槌――

「って、結局『お前はツッコミだ』って言ってるだけじゃないですか!」

「あっはははは!!」

 大爆笑を始める。

 しかし、今度はすぐに止められた。

「……父さん、何してるの?」

 オウキさんとそっくりな女の子がひょこりと顔を出している。

 オウキさんが来てから扉を閉じていたので、やっぱり鍵開けによるものなのだろう。もう諦めた。

 笑い転げるオウキさんを抱えあげたルピナスさんが、とても申し訳なさそうに頭を下げる。

「ごめんね、光太」

「あ、大丈夫です……いろいろ、有益なお話も聞かせてもらったんで」

「そう? 父さんのことだから適当なこと言ってるのかと」

「いや……うん、いろいろです」

 話し出さない俺の様子を見てか、ルピナスさんが苦笑する。

「父さんを見ててくれてありがと」

「けふっ」

「あーあー……ほら、お部屋戻るよ」

 ペットボトルとオウキさんを抱えなおして部屋の外に出ていく。見かけによらず、彼女も力持ちらしい。

 扉が閉まる前に足を挟んで止め、俺に会釈する。

「また明日ね、光太」

「はい。おやすみなさい」

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