少年とウイスキー好きな妖精

 勉強会は休憩もはさみつつ、夜10時で終了した。

 女の子たちは『もっと長くても』と言っていたが、翰川先生から『疲れとは部屋でゆっくりするときに自覚するものだ』と返された。

 各自で温泉に浸かって汗を流し、解散。


 渡された鍵で部屋に入ってみると、適度な広さの和室。当然ながら敷かれている布団は1枚だ。

「……まあ、仕方ないけど」

 まさか女の子3人組の部屋に混ざるわけにもいかない。

 翰川夫妻は2人部屋、シュレミアさんもルピネさんと2人部屋。リーネアさんはお姉さんとお父さんの3人で部屋に泊まっている。

 なんだか、家族っていいなあ……と月並みなことながら思った。

 ボストンを部屋の端で開けて、寝巻用のシャツとハーフパンツを引っ張り出す。

「……ジャージ、出しとくか」

 小樽のジョギングコースと明日の天気は事前に調べてある。朝早く起きてジョギングして、温泉に入ったらきっと心地よいだろう。

 ルームキーはリュックの内ポケットに入れるとして……

「……そういや、トランプ持ってきてたっけ」

 タイミングが合えばと思って入れたトランプ。

 明日の休憩時間にでも提案してみるか。

「わー。トランプだ」

 ほのかに香るアルコール臭。

 ふと隣を見ると――ウィスキーボトルを抱えたオウキさんが居た。

「お邪魔してます☆」

 笑顔で横ピース。人間離れした美貌のお陰で、畳と白い壁と押し入れのある和風な風景から盛大に浮いている。

「ここオートロックですよね?」

「俺はリナのお父さんだよお?」

「あはははははは」

「わー、乾いた笑い。……やっぱうちの息子キミになんかやらかしてない? かなり気になって」

「あなたと同じように鍵勝手に開けて家に入ってきましたよ」

「ごっめーん☆」

「謝罪が軽いなあ‼」

 なんか今になって疲れを実感し始めた。

 翰川先生の言葉は真理だったのだと腑に落ちる。

「ひぞれはいつも正しいよ」

「すみません心読まないでもらえませんか」

「え? 読んでないけど」

「……ほんと、リーネアさんそっくりですね……」

 あの人も俺が『心読めるんですか?』と聞けば『読んでねえよ』と答える人だ。

「だって、キミ……あー。そっかそっか」

「?」

「ごめんね。俺たちは、ほんとにキミの心を読んでるつもりないんだ。ただ、なんかなんとなくそういうふうに思ってるように……見えるというか聞こえるというか」

 困った。オウキさんの言っていることがよくわからない。

「リナは無意識で天才だから、無自覚なんだと思う。……ごめん、これから気を付けるね」

 一応、謝罪して反省して改善することができるあたり、息子さんより柔軟な人なのかもしれない。

「……わざとじゃないんなら、仕方ないと思うんで大丈夫っす」

「ありがとう」

 オウキさんは会釈して、俺に紙袋を差し出してきた。『洋菓子と比べれば需要が少ないかな』と思って小樽探索で提案するのを諦めていた和菓子屋さんのロゴが入っている。

「?」

「あんこのお菓子。お餅と最中と……まあいろいろ」

「え……いいんですか⁉」

 紙袋から出して見せてくれたのは、まさに俺が食べてみたいと思っていたお菓子ばかりだ。

「いいんだよ。ひぞれとミズリとリナとシェルがキミに迷惑をかけているだろうから、そのお詫び。あと、お世話をかけたお礼」

 オウキさんの目が微妙に死んでいる。

「あ、ありがとうございます……」

 彼も、身内の輪に入ってしまえば苦労する側の人なのか。

「シェルからキミの好物は聞いていたからね」

 そういえば、前にルピネさんが手土産としてどら焼きを買ってきてくれていた。

 まさか。

「何で知ってるんでしょうね」

「種族特性だね」

「好物当てが出来る種族ですか」

 ずいぶんピンポイントな特性だ。

「いやいや、そういうんじゃなくて……あの子は人の魂の匂いから好物を当てるのが得意だってだけ」

「ますますシュレミアさんがよくわかんなくなりました」

「あははは!」

 オウキさん、いつもけらけら明るく笑って、人生楽しそうだなー……

「大ヒントのつもりだったんだけどなあ……あ、キミあんまり神秘と異種族に詳しくないんだっけ。これじゃヒントにならないか」

「え? まあ、はい?」

「シェル自身からは何か聞いてないの?」

「『鬼畜です』って言ってました」

 俺が答えると、オウキさんがさらに爆笑を始める。

「ひっひひひひひ、あはは、あーっはははははははははははは‼」

 この人、ほんとにリーネアさんのお父さんなのかな。

 さっき似ていると思ったばかりだったが、表情豊かに笑い転げる姿の人と常に面倒くさそうな無表情な人とではなかなかギャップが激しい。

「うぇへふ……あー、おかしい。キミ、なんか、美味しいポジションだね。誰にでも的確なツッコミを入れられるっていうか」

「何が美味しいんすかね」

 褒めているのかも微妙なセリフだ。

 やがて彼は爆笑を収めて俺に向き直った。

「笑った笑った☆」

「でしょうね」

 さぞかし楽しかったことだろう。

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