純真で純愛で無垢な妖精
ルピナスさんと二人きりで、夜の旅館の屋上テラスへ。まるで決闘のよう……
「なーんで遠い目されなきゃなんないのかなあ?」
苦笑するルピナスさんは、私に、どこからともなく取り出した薄手の半纏を着せてくれました。
ほんわかと温かいです。
「これは……?」
「特別な魔法陣を内側の模様に織り込んだ半纏だよ。スペル持ちが着ただけで、適度な体温を保ってくれる」
「す、すごい」
ルピネさんからも聞きましたが、ルピナスさんはお父さんに似て、見事な腕を持った職人さんなのだとか!
「キミにあげるね」
「えぅ⁉」
な、なぜ? あれほど火花散らした私に……? まさかこれが『敵に塩を送る』ということなのでしょうか……!
返礼はお砂糖で。いえ、甘いもので。
「…………。『妄想癖』ってこれかー」
「にゃんっ!?」
額を小突かれました。
「うう……暴力、反対です……」
「いやあうん。なんか、うん……キミは世間知らずな上に空気も行間も読めないし、素で自己中心的な見方をする客観視に欠けた女の子だね」
「うわ――ん‼」
なんだかすごく辛口評価をされました!
でも、あてはまっていると自分で分かるのが悲しいです……
「ああ、ごめん」
宥められていると、ルピナスさんから良い匂いがすることに気付きました。幸せです。
「……詳細を明かすつもりはないんだけど。私も、ある人と魔法で結びついて、ずっと閉じ込められてたことがあって」
「私、眠ってただけですよ……?」
閉じ込められるだなんて大仰なことではありませんでした。自業自得で眠ってしまっていただけなのですから。
「8年も時間を失ってたんだ。檻に閉じ込められるよりきついかもよ?」
「?」
「……実感が出てくるのは、もっと人と接するようになってからかな」
ルピナスさんは自動販売機のあったかいミルクティーを二本買って、片方を私に差し出してくれました。
「あの……」
「いいよ。私も大人げなかったから、お詫び」
ミルクティーを飲みながら、のんびりと会話。
なんだかゆったりとしていて心地よいです。
「話を戻すけど。私、ルピナスはキミの話を聞いて。閉じ込められていた者としての親近感で、現実世界に帰還したお祝いをしてあげたいと思ってたわけなんだ」
自分と似た状況から救い出された人がいて、その人は才能を活かして活躍している。
そう思うと嬉しくなるのです。
感動していると、バツの悪そうな顔のルピナスさんが唇を尖らせました。
「……そう思ってたのに、キミがルピネちゃんにひっつき虫だから暴走しちゃった。ごめん」
「いえ」
あれは私が悪いのです。
私にとって、ルピネさんは大切な先生。
でも、ルピネさんが大切にしている人が私だけのはずがないのです。必死によりかかってベタベタして……ルピネさんにも迷惑だったのではないかと、今では思います。
「大丈夫です。……半纏、ありがとうございます」
「どういたしまして」
ルピナスさんは笑うと綺麗です。
細い指先を合わせて花開くように笑って。
……ああ、美人……
「キミのトリップ癖ヤバいね。治さないと変な世界とチャネリングしちゃうかもだよ?」
ぺちんと額を指で叩かれると現実に帰還します。
「あぅ……」
「とにかく。半纏とミルクティーがお祝い。半纏は冬にも役立つよ」
「あ、ありがとうございます!」
「うんうん。ルピネちゃんの大切なお弟子ちゃんに湯冷めされたら困るからねえ」
なんだかルピナスさん……
「ルピナスさん」
「なに?」
「ルピネさんのこと……好きですか?」
私の問いかけに、くすっと笑って答えます。
「好きだよー?」
「……恋愛感情で?」
「…………。好きだよ」
ルピネさんは女性。
ルピナスさんも、女性。
「ああ……そんな深刻な顔をしないで、紫織。証拠を見せるから」
「しょうこ……? えびでんす……?」
リーネアさんの授業で覚えた単語です。
「何でまた、そんな単語を」
「他にもありますよ。ですとらくしょん、ぼーりゅてん、くりみなる……」
順番に、隠滅・通報・犯罪です。発音に自信はありませんが綴りは覚えています。
「その単語はあんまり使わないようにね!」
「指紋にくっついた細胞が少しでもあればDNA鑑定が可能です。なので、証拠を隠滅したいというときは――」
「あんっのアホ弟、いたいけな女の子に何教えてやがるのかなあ⁉」
た、楽しかったのですが……確かに今思えば、内容はよろしくないものだったかもしれません……!
「もう本当にあいつは……って、また話逸れた」
「はわっ。ほ、ほんとだ。ごめんなさい」
「よっし、いくよ。見ててね」
ルピナスさんが立ち上がって――小さな瓶の中身を頭に振りかけました。
「……⁉」
胸が、胸が消えて……⁉
「ぺたぺた触りに来るあたり、大物だね」
声までも、可愛い女の子ボイスから悪戯めいた少年ボイスに。背も伸びていて。
まるで、
「手品ですか⁉」
「……。英訳したらmagicだから、間違っちゃいないのかもだけどさ」
ため息をついてベンチに座り直しました。完璧に男性です。
「改めて言い直そう。俺はルピネちゃんが大好きだよ」
オウキさんは『娘』と紹介して、リーネアさんは『姉さん』と呼んでいました。
「さっき言ってた、『閉じ込められてた』っていうのは……生まれてすぐ父さんから引き剥がされたまま、機械に繋がれてたんだ」
「っ」
それは、とても嫌で不安なことです。
「俺はそれのパーツだったから……今でも自分のこと部品だって思ってるんだけど」
「そんなことないです駄目です。ルピナスさんは優しいお姉さんでお兄さんです」
もし良いのなら私にとって大事な友達です。
「……これだから、ルピネちゃんはキミを可愛がってるんだろうね」
くすくすと笑う顔と私の額をつつく仕草は、女性の時と変わりません。
「あれこれ言うとキミも困るだろうし、結論だけ」
「けつろん」
「うん。……俺は性別の自己認識が上手くいかなくて体質もこんなだから、魔法学校でも浮いてたんだ。やっぱり人間関係ってあるわけじゃないか」
妖精さんでも、私とおんなじように人間関係を悩むのですね。
「自分で言うのもなんだが、俺は父さん譲りに腕がいい職人だった。なおさら目立って浮いちゃって。……そしたらルピネちゃんが話しかけてきてくれたんだ」
「……」
「ルピネちゃんは優秀で優しくて可愛くて……俺が悩みを打ち明けても気にせずいてくれて…………平たく言うと物凄く大好き」
そう呟く彼女(彼?)はとても幸せそうで切なそうな顔をしています。その顔を見て『その恋心は偽物だ』と言える人は誰もいないでしょう。
ルピナスさんはまた瓶を取り出して、頭から中身を振りかけました。
体つきと背丈、声が女の子に戻ります。
「迷惑かなあ……」
「ルピネさんはそんな人じゃないと思いますっ」
「ありがとう。でも、今は自信ないからいつか告白する」
「……プロポーズしてませんでしたか?」
『結婚しよう!』と叫んでいたのは私の幻聴?
「あれはノーカン」
完全に真顔です。
「ポジティブなのだかネガティブなのだかわかんないです……!」
しかし、異種族さんを相手に悩むのは時間の無駄。シェル先生で学びました。
「瓶の中身のお水は?」
「ああ、あれ? 最初に被ったのが雨水で、戻るときに被ったのは温泉水」
私はタオルでルピナスさんの頭を拭きます。エメラルドの髪はとっても柔らかくてふわふわします。
「わ、ありがと」
「お水にも意味があるんですか?」
「『天から降る水』、つまり雨水が姿が変わるキー。『地より上る水』……まあ地下水である温泉水は戻るキー。スペルで分析するとまた違うみたいだけどね」
今度、ローザライマ家の方々に聞いてみようと思いました。
「で、キミは光太に告白するの?」
「みゃぅあ⁉」
光太くんには、もう玉砕した後というか……!
「まだわからないじゃないか。光太、死ぬほど鈍感野郎だって噂だし」
無理です。
だって、私は――とても罪深い。
光太くんの将来を遮り続け、足を引っ張り続けたのですから。
「もういいんです」
恋をするには罪が重すぎて。私は弱いから持っていられない。
せめて、償い続けるしかない――
「逃げ、かもですけど」
「いいんじゃない? 逃げるが勝ちってときもあるさ」
「……考えます」
「うん」
アドレス交換をして解散の流れになりました。
「いやはや、長々と話してしまったね」
「大丈夫ですよ?」
「俺は家族の時間を楽しむから、紫織も女子タイムを楽しんでおいでよ」
「む、難しいです……!」
京ちゃんと佳奈子ちゃんと話すと緊張してしまいます。
「この旅行は、キミの人間力の修行なのだぜ」
――*――
シェルは魔法で寝かしつけたと思しきルピネを愛おしそうに撫でている。
噂では彼が《大人バージョン》になっていたと聞くので、見られなかったのがなんとなく惜しい気持ちだ。
僕はリーネアと共に、今回の旅行の金額を伝えに来たところだった。
鍵を開けると、来ることをわかっていたかのように――いや、わかって声をかけてきた。
「ひぞれ。ミズリは?」
「寝ている」
なんだか興奮して寝付けなかったので、部屋からこっそり抜けだした。
「夜更かしをするから朝に起きられないのでしょうに」
「んむっ……」
痛いところを突かれた。
リーネアがひらひらと手を振って挨拶する。
「シェル。お邪魔します」
「いらっしゃい。盗聴は終わりましたか?」
「女子会を盗聴するのは筋が違う。終了した」
3人ともかしましやかに話していたので、盗聴器は取り外した。
「盗聴すること自体が筋が違う……」
リーネアがぶつぶつ言っているが気にしない。
シェルは笑うと綺麗だ。
「まあいいです。親切にありがとう」
眠るルピネはすやすやとあどけない表情。
「……キミ的には、ルピネとルピナスの関係をどう思っているんだ?」
今回もルピナスはルピネに告白しまくっていた。
ルピネは鈍いので全部受け流していたが。
「互いに同意があって愛情があるのなら、それも1つの番いの形だと思います」
「キミらしい」
「俺は妻以外対象にならないので理解はできませんが、他者の気持ちは尊重します。それに、ルピナスはオウキと体質が同じですから、子が欲しいというときもなんとかなるでしょう」
「なるほど」
リーネアがぽつりと呟いた。
「同性でも子供できるじゃん」
「……いや、さすがにそれは――」
「子どもってキスでできるんだろ?」
「「…………⁉︎」」
僕はシェルの驚いた顔を久しぶりに見た。
珍獣を発見したような目でリーネアを凝視している。
「お前ら、人をそんな目で見るな」
リーネアが『俺だって傷つくのに』と唇を尖らせて可愛い。
「ちょっ……済まない。タイムを要求する。シェル、こっちに」
「はい」
「サッカーかよ」
「……リーネアがメルヘンの住人になってしまった」
「妖精なので間違っていない気もしますが、言いたいことはわかります」
「彼の性格からして、おとぼけをするとは思えない。茶化すこともしない。つまり、本気でキス=赤ちゃん誕生という方程式を信じている……?」
「……子どもの頃、姉君に『子どもってどこからくるの?』だとか聞いて、適当な返事で濁されたのをずっと信じているのでは?」
「あり得る……」
「それでも、触れずにいるのは難しいような。一般小説でも匂わせるようなものはあるのに」
「彼は興味がないことにはとことん興味がないからな。表現が出てきてもスルーだと思う」
「恐ろしいですね、妖精の性質」
「丸聞こえなんだけど」
「んむう」
「聞こえて疑わないのもどうなんでしょうね……」
リーネアは『キス以外になんか要るのか?』と言いながら首をひねっている。
なんとも言えない空気が流れ、シェルとアイコンタクト。お茶を濁すべきだという結論に達した。
「すみません、リーネア」
「ごめんなさい。気にしないでくれ。子どもはキスでできる。キミのいう通りだ」
「……さっきの口ぶりじゃ違うみたいだったけど」
疑念を持つリーネアに、シェルが追い打ちをかける。
「リーネア。あなたにそう教えたのは姉君でしょう? あなたの姉は、純真なあなたに嘘を教えるような人でしたか?」
「! 違う」
おそらく、リーネアにとって育ての姉の教えは絶対だ。もう疑うことはないだろう。
「うんうん。お姉さんを信じろ。……いつか恋人ができるまで純真でいてくれ」
「その方がリーネアらしいと思います」
「ありがとう、2人とも。姉ちゃんを信じるよ」
「ほら、お姉さんとお父さんと話しておいで」
「うん!」
リーネアは手を振って部屋を出ていった。こういうところがとても可愛い。
僕はぽつりと言う。
「やっぱりスルーしたな」
「でしたね。姉君の苦労が偲ばれます」
シェルも呟く。
リーネアの育ての姉も、訂正しようと努力したことだろう。……残念ながら報われなかったようだが。
「リーネアは、やっぱり妖精さんだな」
翌朝、この話を聞いたオウキは『なんで訂正しといてくれないの……⁉︎』と言って頭を抱えていた。
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