2. 出発―札樽自動車道
旅行前の浮かれた気持ち冷静な気持ちが交互にやってくる独特な感覚
「小樽で何すんですか?」
ただ旅行に行くだけではないだろう。
「うむ。勉強合宿をする予定だ」
「……合宿」
受験対策か。
「佳奈子と紫織も寛光を目指してくれるというのでな! とっても嬉しい」
「紫織ちゃんも?」
彼女は小学生の頃から時間が停まってしまっていたが、勉強間に合うんだろうか。
「ふふふ。彼女の教導役はローザライマ家だぞ?」
ローザライマ家とは魔法使いのシュレミアさんを家長とする家で、たぶんみなさんが天才かつ魔法使いの家柄である。
「数理と魔術において無類の天才ばかりだから、寛光の魔術学部推薦枠を狙える体制が整っている」
「魔術⁉ そんな学部が!」
なんてロマンに溢れた大学なんだ。
(翰川先生含む)教員が変人揃いという情報で心が折れそうだったが、入学してそんな学部を傍で見られるなら頑張れる気がする!
なんだかんだで、俺の神秘への憧れは魔法から始まっているのだから。
「そうだとも。ちょっと変わりものな教員が多いが、みんな面白い人ばかりだぞ」
「先生の『ちょっと』ってあてにならないのでは……?」
ぼそっと呟くが、先生は気にせず話す。
「彼らは気さくで好奇心旺盛だ」
今までの彼女による人物評価と本人とのズレのお陰で、ちょっとした疑心暗鬼に陥りそうだ。
「アイスの魔法陣だって寛光魔術学部の中でつくられたんだぞ。魔法陣の原案がローザライマ家で、そこから魔術学部教員たちが技術にしたんだ」
「魔法……紫織ちゃん、スペルですもんね」
「当然ながら、魔法系の神秘持ちだと推薦がかかりやすいので、彼女はその点有利だな」
「? スペル以外にも魔法の神秘あるんすか」
かつて、シュレミアさんはスペルこそが魔法の真ん中のアーカイブだと言っていたような気がする。
「ある。というか、単に分類法の問題でな。スペルは記述アーカイブという分類の中で、特に魔法寄りな神秘というわけだ」
「寄り」
「寄りだ」
なんとも難しい。
「理屈を説明されると哲学を学んでいるような気持ちになれるのが魔法でな……ルピネも言っていたと思うが、魔法は、科学が発達する前の時代に、未知への不安や好奇心で人が作り始めたもの。厳密な定義などできない」
「……難しいっすね」
先生はくすくすと笑い、話を締める。
「そんなこんなで、魔法に分類される神秘分類はスペル以外にもいくつか存在するぞ。そのどれも『魔法寄り』だ。魔法ど真ん中なのはスペルくらいかもしれないな」
「わかりました。今度調べます」
ネットででもいいし、本を探しても楽しいだろう。
「話がそれてしまったが……そうだな。推薦でも入試がないわけではないのは知っておいてほしい。入試問題と面接試験をクリアする必要があるし、その分は他の受験生より速い準備が肝要になる」
「へえ……一部なんですね」
「うむ。学部学科によって理数社のうちどれか1教科と、国英のどちらか1教科だ」
「国英?」
「寛光には教員も生徒も異種族や他国からやってきた人が多くてな。日本語と英語のどちらかが出来なければ円滑なコミュニケーションが難しいのだ」
「なるほど……でも、2教科だけって楽ですね」
「何を言う。2教科では、1教科の比重が5教科のときよりはるかに高くなるんだぞ。『他の科目でカバーしよう』が発動できないんだぞ」
「あ、やっぱ無理」
文理科目での点数が未だに倍近く違う俺は、多種の科目の点数を活かせないと考えるだけでぞっとしてしまう。
「ふふふ。実はさらには特化推薦というのもあって……その場合は選んだ一教科のみで勝負することになる」
「無理っす。絶対死ぬ!」
寛光大学は受験制度まであれこれ特殊らしい。
俺の顔を見て何やら満足したらしい先生が、むふーっとする。やべえ超可愛い。
「4分の3が受験対策を今からし始めたばかりなわけだ。これはいっそ、集まってみんなで対策した方が良いのではないかと思った」
「確かに」
先生もミズリさんも、リーネアさんも、それぞれ得意分野があってわかりやすく勉強を教えられる人たちだ。
「何泊?」
「2泊3日だ。初日は小樽観光も予定している。あと、最終日にも、それぞれの希望のお店を聞いてお土産を買う時間を設ける予定だ」
「それは嬉しいっす。……あっ」
「?」
「小遣いは何円までですか⁉」
人生で一度は言ってみたかったセリフの1つ。
夢が叶ってすっげー嬉しい!
「キミは、たまにほんとうに不憫に……」
翰川先生が目頭を押さえた。
「そうだな。3万までは許可しよう」
「‼」
超太っ腹だ。
「自身の飲食やお土産などはそこから出してもらうことになるが、いいかな?」
「そこまで甘えるつもりはありません」
バイト代貯金はまだまだ残っている。元々大して無駄遣いもしていなかったので、3万なら問題ない。
「ん。了解」
「ちなみに、泊まるとこは洋風? 和風?」
「和風旅館だが。どうした?」
「……お泊りってしたことなくてですね……」
友達の家に泊まることも出来なかった。友達の家でぶっ倒れて何かあれば、保護者の方にも迷惑であるし……今まで遠慮してきた。
そんなこんなで、恥ずかしながらテンションが非常に高ぶっている。顔が熱い。
「…………」
先生は再び目頭を押さえた。
「温泉付きで、各部屋は畳。夕ご飯と朝ご飯つきだぞ」
至れり尽くせりだ。
「先生、ほんとにいいんですか?」
「構わないよ」
むんと胸を張って宣言する。
「僕にとっては、若者が頑張ることに意義があるんだ。その頑張りが少しでも楽しいものになるなら、金銭など惜しくはないさ」
俺は先生のファンだ。確信した。
先生とミズリさんをリビングに残し、俺は自分の部屋で荷物を並べていた。
旅費を出してもらうことの申し訳なさで本気で遠慮していた俺だが、旅行に行けるとなればとても嬉しい。
――今にも飛び跳ねそうなくらいに嬉しい。
「小樽……」
翰川先生にもらった小樽の観光ガイドをめくる。
彼女が言っていた通り、ガラスやオルゴールなどの工芸品のほか、海産物などの地元特産品が使われた店が多い。
ゆっくりと観光が出来るのは初日だけなのだそうで、ここは買うものを決めてしっかりと小樽を満喫したい。
学校の先生方と、陸上部への差し入れも買って行こう。
――*――
「ああ、光太……なんと切ないのか……」
ひぞれがはらはらと涙を流して光太を案じている。俺も心配だ。
「……大丈夫かなあ……」
張り切り過ぎて大荷物になったりしないかな。
気楽に旅行を楽しんでほしいけど……小学校以来の遠出とあって、彼は非常にうきうきしている。
水を差すのは悪いから、あとで様子を見よう。
――*――
服はTシャツ短パンを数枚と長ジャージ1枚。肌寒くなったらパーカーを羽織ればいい。
「……」
入れるのに迷うのは久しく使っていなかったトランプ、UNO。
俺は勉強するつもりで小樽に行く。大量の遊び道具を持って行って、他の人たちに『何しに来たんだ』と思われては悲しい。
「でもまあ、暇つぶしにはなるかもだよな……」
初日以外の詳しい予定は聞いていないが、ずっと朝から晩まで勉強漬けでもないだろう。トランプだけ手持ちリュックのポケットに入れる。
ボストンバッグに着替えや日用品を放り込み、ジッパーを閉めた。
「お待たせしました」
俺が声をかけると、ミズリさんはクッキーを食べる翰川先生を膝に抱きかかえているところだった。
「おお。仲良しですね」
「だろう?」
ミズリさんがあまりに嬉しそうに言う。
なんとなく、もし自分が結婚するならこの二人のように仲のいい夫婦に……と思ってしまうくらいには理想的な夫婦。
「光太、荷物は大丈夫?」
「あ、はい。ボストンに入れました」
陸上部時代に使っていたバッグが残っていた。見た目は少々ボロいが、持ち運びには何の支障もない。
「明日は8時にリーネアが迎えに来る。準備をしたら、ここのアパート入り口前に集合してくれ」
「わかりました。先生起きられます?」
「む。僕は子どもではないぞ。目覚まし時計をかけるし、ミズリにも頼むからばっちりだ」
「……そうですよね」
旦那さんであるミズリさんは俺の考えに気付いたのか、苦笑して会釈した。
この人、奥さんに甘いんだよなー……
「行き先が小樽ってのは誰発案なんすか?」
「僕とシェル」
「リーネアのお父さんは、夏休みに毎年小樽に来るんだよ」
「へえ……」
前に話題に出たことはあるが、彼のお父さんのイメージが湧かない。
「ライフルの代わりにマシンガン振り回すとかするんですか?」
翰川先生は驚きに目を見開き、楽しそうに笑った。
「よくわかったな。エスパーか?」
ええええええええ。
「あ。でも、リーネアと違って……よほどのことがなければ引っ張り出してこないよ。彼はとっても聡明で優しい妖精さんなんだ」
ミズリさんを見ると、少し目が逸らされた。
……たぶん、先生視点の偏った人物評価なのだろう。
「大学でもいつもお世話になっていて。夏休み中の僕は東京にいることが多いから、今回こそは小樽で彼に会って、日ごろのお礼がしたいと思っていたんだ。キミのお陰で達成したぞ」
「よくわかんないけど、どういたしまして……」
「リーネアは『父さん面倒くさいからヤダ』とわがままを言っていたが、僕が連絡を回した。彼もお父さんに会いたいだろうにと思って」
「そっすか」
ここ最近で気づいてたけど、リーネアさんって、翰川先生とシュレミアさんに挟まれると立場弱いんだろうなあ……
「もうちょっと詳しく聞きたいんですけど……リーネアさんのお父さんってどういう人なんです?」
「うむ。いつも無邪気で好奇心旺盛な妖精さんだ」
言われるたびに驚くが、そういえばリーネアさんは”妖精”に分類される異種族なのである。
暴力的で銃火器を所持した妖精ってなんなんだろう。
「ちなみに、リーネアさんに似てます?」
暴力的なところとか、ライフルと手榴弾持ってるところとか。あと、さっき確定したマシンガン振り回すところとか。
「そっくりだよ」
俺、小樽で死ぬかも。
……いや、大丈夫だ。リーネアさんの攻撃性は、俺が『三崎さんに近寄る男』だからだ。きっとお父さんの方は大丈夫。
「無邪気で優しいところとか、面倒見が良くて頼れるところとかな」
確かにリーネアさんはそういうところもあるが、基本的には俺に対して冷淡な対応をとる人だ。
彼女はそれを一切わかっていない。
「性格は違うように感じるかもしれないが、ふとした瞬間が凄く似ていて……まさに親子だなあ、と思うことも多い」
「光太、慣れないうちはひぞれの人物評価信じない方がいいよ? キミもわかってきただろうに……」
「や、わかってるんすけど情報が欲しくて……」
恐いもの見たさだ。
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