車では窓際に座りたい
「おはよ」
「おはようございます!」
淡々とした挨拶と、快活な挨拶。
リーネアさんと三崎さんは対称的なコンビだ。
三崎さんは最後部座席から窓を開けて手を振り、リーネアさんは停めた車の運転席から降りてくる。車はもちろん、白のワンボックス。
「乗り換えないんすか?」
「ケイとこっちにいるうちはこれに乗るよ」
「私も慣れちゃったからね」
軽い気持ちで質問したが、車は中古であっても大きな金額の買い物。買い替えるのは大変だし、三崎さんが大学生になればリーネアさんもここから動くだろう。
「そっか」
三崎さんの居る最後部座席には紫織ちゃんとルピネさんも座っていた。
彼女たちにも小さく手を振り返す。
「順路と時間の関係で、お前らが最後。……なんだけど、ミズリとひぞれはどうした?」
「それが……なんか、翰川先生が寝坊気味らしくて」
俺と佳奈子が持ってきた荷物と、翰川夫妻から預かった荷物が足元に並ぶのを指さしてみせる。
「……そんなには遅れてこないだろ。とりあえず、ミズリたちの荷物もトランクに入れるから寄こしてくれ。手持ちバッグはそれぞれの膝の上か足元で頼む」
「あ、お願いします」
「お願いしまーす」
3人で荷物を積み込み終えたところで、ぽけぽけと眠たそうで幸せそうな翰川先生をだっこで抱えたミズリさんがやってきた。お姫様だっこではなくコアラだっこである。
翰川先生は朝に弱いらしく、目覚まし時計もコードを使ってアラームを停止させてしまうので意味がない。
だから昨日忠告しようとしたのに……結局、ミズリさんは奥さんに甘い。
「おはようリーネア。ごめんね、光太と佳奈子」
ミズリさんが挨拶と謝罪をする。
「おはよ」
「大丈夫っす」
「気にしてません」
リーネアさんが面倒くさそうに問う。
「そいつ起きてるのか?」
「一応起きてるんだけど……『楽しみで眠れない』って昨晩は大興奮して。うとうと気分なんだ」
「子どもかよ」
少し恥ずかしそうなミズリさんが、腕の中でてろーんとする翰川先生を撫でる。
たぶんあなたが甘やかしてる限り奥さんはそのままだと思いますよ。
「助手席に乗せとけ」
「えっ、ひぞれを手放すなんてできないよ?」
「こいつに車窓を見せてやりたいとは思わないのか?」
「世話をかけるけど、妻をよろしくね!」
ミズリさんは翰川先生のことを溺愛している。
微笑ましい夫婦だ。
「はいはい。……ほら、ひぞれ。起きろ」
「んむー……眠い」
「水族館連れてってやるから」
そういえば、小樽には水族館もあるんだっけ。翰川先生はペンギン好きだし、嬉しい施設かも?
「……ほんとう?」
やべえ、先生超かわいい。
「約束破るほど暇じゃねえよ。はい、乗る!」
先生はリーネアさんに助手席に押し込まれてご機嫌。
しかし、すぐに睡魔に負けてすやすや寝入っていた。まさに遠足が楽しみで眠れなかった子どもの振る舞いである。
ミズリさんは何も言わず、助手席の真後ろににこにこ笑顔で腰掛けていた。
……微笑ましい? 微笑ましいはず……
ここ最近の翰川夫妻から感じていた奇妙な違和感を反芻していると、気づけば、人見知りなはずの佳奈子が、リーネアさんに臆さず話しかけていた。
ちょっと感動する。
「リーネアさん、あたしたち空いたとこでいいの? 席足りる?」
「そこしか残ってねえしな……」
「え。シェル先生は?」
確かに、目立つ虹銀髪は車内のどこにも見当たらない。
佳奈子に問われた彼は、どことなく疲れた顔をして答える。
「……現地集合みたいなもんだ」
「そっか」
『なら遠慮なく』と車のスライドドアを開ける。
「先乗るわ」
「うん」
人見知りが改善されてきたらしい佳奈子とは言え、いきなりミズリさんの隣は緊張するだろう。俺が間に入って佳奈子が右端に座る。
ミズリさんは幸せそうに翰川先生の寝顔を見守っていた。
……なんかすでにふたりの世界が出来上がっているが、毎日のことなので気にしないことにする。
最後にリーネアさんが運転席に乗り込み、振り返って宣言する。
「人数多いから、用があろうと無かろうとパーキングがあれば行って休憩する。窓は薄くなら開けていいが、どうしても暑いってなったら窓閉めてエアコン全開にする」
「「「はーい」」」
「それと、もし体調悪くなったけど俺まで伝えられないってときは車内で伝言。冷やすものは持ってるから、そいつの傍に転移させる。必要なら飲み物と袋もな」
「「「はーい」」」
返事が出来る面々で返事をする。
「あとミズリ。天井に変なもん取り付けようとすんな」
「ひぞれの寝顔が見られないんだけど?」
「何で逆切れしてんだよ。外せ」
仲良し夫婦だなあ。
なんで奥さんの寝顔を妙な形の器具をつけたビデオカメラで撮影しようとするのかまったくわからないけど、『仲良きことは美しきかな』的な? そんな感じだ。たぶん。
でもよくよく彼の普段の行いを思い返してみれば、先生の飲み残しのココアを嬉しそうに一口一口味わいながら飲んでいたり、先生が脱いだパーカーの匂いを幸せそうに嗅いでいたり、先生の使ったバスタオルから髪の毛を丁寧に回収してコレクションしているような節が――
……いや、迂闊な考えはよそう。決めつけで人を考えるのはよくない。
「ひぞれ……」
ミズリさんはいつものえげつないほどの美貌をふにゃんと幸せそうに緩めて奥さんを眺めている。
彼らは美男美女のおしどり夫婦だ。
そう――たとえその手段が静音カメラでの連射で、手つきが明らかにプロ並みに手慣れたものだったとしても。
そんなこんなで、俺の左隣では幸せそうなミズリさん。
「ねえ、ついたらどこ行く?」
右隣にはガイドブックを広げた佳奈子。
「かまぼこ屋さん行きたいな」
右後ろには三崎さん。
「かまぼこ……名物なんですか?」
真後ろに紫織ちゃん。
「本店が小樽の老舗だよ。豊かな海鮮の味を生かした美味しさだそうだ」
左後ろにルピネさん。
「最初、そのかまぼこ屋の傍に行くから丁度いいかもな」
右前にリーネアさん。
「すぴー……」
左前に翰川先生。
俺は『あれ、この座席の並びけっこうやばくね? 誰も助けてくれなくね?』と思ったが、気づいたときには、リーネアさんがアクセルを踏んだ後だった。
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