旅の終わりは寂しさと楽しさがあると良い
光太・佳奈子のアパートに住んでいる組と、その近くのマンション住まいの紫織ちゃん(&トランクに居たシェル)が降りたのち。
ルピナスが先に到着している予定のビジネスホテルの駐車場で車は停まり、俺は助手席から降りる準備をする。
「送ってくれてありがとね」
俺がそういうと、リナリアは鷹揚に頷いた。
「どういたしまして。こっちこそ、宿の予約任せてごめんな」
息子もなんだか成長したものだなあ。
昔はもっと感情が薄かったのに。京ちゃん効果かな?
「いえいえ。楽しかったよ」
「ん」
「京ちゃんも来てくれてありがとう」
前の席の人たちが降りてから、2nd座席に移ってきていた京ちゃんを振り向く。
彼女は顔をぐしゃぐしゃにして泣いていた。
「あれ⁉」
ふるふると首を横に振った彼女は、苦しそうな顔で言う。
「覚えてるはずなのに、思い出せなくて」
真面目で健気で、ほんとうに可愛い子だ。
妖精が好む気質。
「思い出せるかどうかはわからないから無理をしないで」
「いつか、思い出し、ますから……!」
「うん。ありがとう」
ここまで重度のパターンシンドロームの子が、失った記憶を正確に思い出せる可能性は非常に低い。
でも俺は覚えているし気にしない。
奇跡が起これば思い出せるんだ。奇跡がいつか起こればいいと思っている。
そして、その奇跡を起こせる種族や神秘持ちは京の傍に居る。
「息子は暴走気味な戦争野郎で、キミにお世話をかけるだろうけど。頭はいいから、勉強や家事は教えてもらえるよ」
「おいクソ親父」
リナリアの文句は無視して封殺。
「ウチの大学にも来てね」
「はい……」
「近いうちに、キミとリナのおうちにも行くから……歓迎してくれるかい?」
「っはい。大好きです、オウキさん」
「……俺も好きだよ。可愛い子」
愛おしい小さな子は顔をぐしゃぐしゃにして泣いている。俺が口調をあげた子。賢い子。
「可愛い顔してるんだから、あんまり泣かないで」
「ううー……」
しばらく慰めていると、京は泣き疲れて眠ってしまった。
「リナ。よく京の母親ぶっ殺さなかったね?」
パターンの副作用が悪化するのは、ほとんどが家庭環境の――というより父母のせい。
なんせ極端な症状だから『世間体が悪い』なんて見て見ぬふりを決め込む親もいるし、酷い親だと『10歳検査で受かった子どもが異常者だと知られたくない』と、子どもを無抵抗にするための虐待を始める親もいる。
京は母子家庭らしいし。
「殺してねえよ」
「だよねえ。こっちの世界で死体を他者に知れずに遺棄するのは難しいもんね」
「やめろ。父さんまで俺にそんなことを言うのか⁉」
息子に何があったんだろう。
「誰に言われたんだい?」
「シェル……」
「うーん」
シェルは賢過ぎて、何でもかんでも見抜いちゃうからなあ。極めつけに言葉選びが斬新な毒舌だし。
「首は絞めたけど殺してないもん死体処理を頭の中で済ませたことはあるけど実行に移していないから俺は無罪で無罪だから俺は何もしていない」
「…………」
俺の息子ヤバいな。
――*――
翰川夫妻から、旅の思い出として、小樽の街並みの写真や旅館内での写真をデータ形式でもらった。
旅館のチェックアウト間際で同年代4人に配ってくれたそれを、俺の部屋のパソコンで見返して楽しんでいるところである。
いつどこで撮影していたのか全く分からなかったが、その旨を聞いたところ『自然体のひぞれを撮影したいから、こっそりシャッターを切るのには慣れているよ』と照れくさそうなミズリさんの答えが返ってきて。
なぜかリーネアさんが『光太、強く生きろよ』とエールを送ってくれたり。
シュレミアさんが『あなたへの着信拒否を解除しますね』と言ってくれたり。
ルピネさんが『悩みがあればいつでも聞くよ』と優しい言葉をかけてくれたり。
オウキさんが爆笑して、それをルピナスさんが諫めていたり……
ここ最近、翰川先生の夫であるミズリさんから感じていた奇妙な違和感を頭の中で反芻する。
お世話になっている翰川先生が愛する夫であるミズリさん。
そんな彼を疑うのは、先生に対して失礼ではないか? 無礼なのではないか?
俺はそう思っている訳なのだが。
「あの人、実は変態なんじゃ……?」
こう思わざるを得なくなってきた。
いや、やはり、年長者を疑うなど失礼だ。
確たる証拠――もうお腹いっぱいな気がするが――もっとはっきりとした発言が本人から伝えられるまで、この疑念は心の奥底にしまっておこう。
「……」
ごちゃごちゃした思考回路を閉め切って、純粋な心で写真を見返す。
みんなの姿があちこちに映る写真を。
なんだか、凄く幸せな気分だ。
少年は天才と神秘の夢を見られるか? 3 金田ミヤキ @miyaki_kanada
作家にギフトを贈る
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます