ケーキおいしい

「え……保冷剤ってないんですか⁉」

「申し訳ございません、お客様。当店の商品は、箱を時間停止のフィルムで包んでおりまして……」

 店員さんに細かく聞いてみると、要は『単価の大きなお土産では魔法による時間停止の特殊フィルムをつけても採算がとれる』ということらしい。

 時間停止にも種類があったとは知らなんだ。

 こんなに便利なものがあれば、日本各地のお土産店でその技術が使われていてもおかしくはない。

 旅行の経験がないことが、ここで裏目に出るとは!

「お客様?」

「あ、すみません、大丈夫です。買います!」

 元から買うつもりで来た。

 チョコレートを自分用に、クッキーをひとつ佳奈子用、もうひとつを皆で旅館で分け合う用。

 チーズケーキをショコラ1つと普通の2つで、合計で3つ選ぶ。チーズケーキはやはりお土産の大本命だ。

 これもお土産気分で持ち運び用のバッグも購入。

 会計を済ませて店員さんが用意してくれている間に、『保冷剤どうしよう』と真剣に悩む。

(……大口叩いて出てきたようなもんだしなあ……)

 これで『ごめーん、なかったからお土産だけ買ってきちゃったー!』なんて言って帰れるはずがない。実際、紫織ちゃんが大変だし。

 他に冷やせるもの……薬局なら売ってるかな?

 ショーケース傍で悶々と悩んでいると、ふと声をかけてくる人がいた。

「どうかしたのかい、若人よ」

 セリフはどことなく芝居がかったというか、かなり大仰な言葉選びだというのに、なぜかとても無邪気に感じられる。

 咄嗟に振り向いたが、間近にいるはずなのにその人の顔も姿も認識できない。

 声でさえ男か女かさえもよくわからない。

 とにかく認識が出来ない――まるで、幻が立って喋っているかのような。

 明らかに不可解な現象がいま目の前で起きていることに、じんわりと冷や汗が出てきた。

「なんだかここに用事があったみたいだけれど?」

「……保冷剤もらえなかっただけです」

 不気味過ぎて怖いので、またショーケースに向き直る。

「あらら。大変だねえ」

「他人事っすね」

 こっちは友達が倒れている修羅場中だ。

「で、キミは暢気にお土産選び?」

「うっさいな……」

 くすくすと笑う声はとにかく無邪気で、悪意が一切感じられない。ある意味すさまじく怖い笑声だ。

 振り向いても見えないのだろうが、この口調では、彼か彼女かもわからない人物はきっと笑っているに違いない。

「ひとりで食べるの?」

「無理っすよ」

 見ればわかるだろう。

「友達と幼馴染と……あと、お世話になった人へのお礼です」

「お世話に。学校の先生とか?」

「や、それも買いますけど」

 学校でお世話になっている2人に軽くメールで聞いたら、土田先生と笹谷先生のリクエストは『酒のアテ』だったので、他のところで海産物をゆっくり選ぼうと思っている。なので保留。

「家庭教師の人と、小樽にまで連れてきてくれた人と、あとはまあ……お世話になった人」

 翰川夫妻は夫婦そろって甘い物好きだ。

 リーネアさんについては受け取ってもらえるかわからないが、一応ショコラの方。前に勉強を教えてもらったお礼もしていないし、いい機会だ。

 ルピネさんとシュレミアさん用にも買った。

「入院もしてたから、元気出してもらえたらって思ってですね」

 ぶつぶつと言っていると、声が

「あはー、そっかそっかあ!」

「――――」

 ぞっとして振り向けない。

 若い男性の声で、”彼”と思しき人物は歌うような上機嫌ではしゃぐ。

 こんな状況でなかったら、演劇の舞台のセリフかと思うような朗々とした発声と声量だった。

「そーっかあ……キミがそうなんだね‼」

「……なん……」

「道理で変な雰囲気なわけだ!」

 なんか、見ず知らずの人からよくわからないうちにディスられるのって、意外と心にくるものがあるな……

 文句を言ってやろうとすると、真後ろから声。

「じゃあ、これあげるー!」

「は、ちょ、え?」

「えーいっ」

「いべふっ……冷たぁ⁉」

 頭に固くて冷たいものが直撃したことで体の硬直が解ける。

「またね」

 どことなく幼く無邪気な声の主は、振り返った時には居なくなっていた。

「……」

 頭からずり落ちてきたのは2枚の保冷剤。

 怒涛の展開に、ただひたすらあっけにとられていると、バッグを持った店員さんが俺に声をかけてきた。

「お待たせしました、お客様」

 店員さんから見えないように保冷剤を咄嗟に隠す。

 不自然を見咎められるのはあまりよくない……ということを翰川先生とミズリさんと日々を過ごす中で学習した。

 あの美男美女夫婦、自分たちが恐ろしく目を惹く存在であることに一切の自覚がないのだ。

「あ……ありがとうございます」

「またお越しください」

 会釈して持ち運びバッグを受け取り、保冷剤を中に滑り込ませる。

 店の外へ出て、道へ出たところで、気づいた。

(……さっきの人、長らく喋って大声出してたのに誰も気づかなかった)

 夏休み中の良い時間だけあって、店員さんもお客さんもたくさんいた。

 というか、俺も大声を出していた。

 店員さんに不審がる様子は見えなかった。

「……」

 女の子3人組が待つ場所へと走りつつ、スマホで時間を確認する。

 あれだけ喋っていたはずなのに俺が店についてから店を出るまで1分もかかっていない。

「ほんっと、なんなんだ……」



  ――*――

「佳奈子、なんで洋菓子リクエストだったの?」

「?」

「保冷剤がもらえるお土産って、持ち運んで食べ歩きするような生ものじゃないかなあ、って思うんだ」

「そうなの⁉」

「えっと、保冷剤で冷やしながら食べる軽食があって。でも、洋菓子はフィルム破ったら時間停止がなくなるから、人に渡す用のお土産向けで……」

「あたし、修学旅行八つ橋しか買わなかった……! フィルムなんて気にしてないし……!」

「潔いチョイス。……和三盆とかも美味しいよ?」

「和三盆ってなに?」

「高級なお砂糖の名前で、口に入れると溶ける甘いお菓子が……って、いまはそうじゃなくて! 森山くんもお菓子屋さん行ったってことだよね……?」

「保冷剤ゲットできないわよね……」

「か、回復してきましたよ……?」

「起き上がらないの」

「熱中症は安静にするのが基本だよ、紫織ちゃん」



  ――*――

「お待たせしましたー!」

「わ……ほ、保冷剤は? ごめんね、私、気付かなくて……‼」

「え? ああ……でも、保冷剤もらえたから大丈夫」

 洋菓子屋のロゴが入ったバッグから大きめな保冷剤ふたつを渡すと、三崎さんがきょとんとした。

「あれ……?」

「親切な人がくれたんだ」

 不気味ではあったが親切な人だった。……親切な人だったが不気味だった?

 これ以上考えても無駄だ。さっさと切り上げる。

 紫織ちゃんは上体を壁に凭れさせて、首に冷たいペットボトルを当てている。

「紫織ちゃん、大丈夫?」

「はわっ⁉ だ、だだだだいじょうぶです……じ、実はですね。スペルの副作用で……体がすぐ回復しちゃうんです。もうそろそろ15分経ちますのでですね、起き上がれますのですよ」

 彼女はお淑やかで大人しいように見えて、意外としっかりした自分を持っているタイプのようだ。

 でも、無理はいけない。

「いやいや、そんな混乱した状態じゃあ、どう考えても無理しない方がいいって。はい、ピタっとな」

 額に薄手のタオルで包んだ保冷剤をぺちっと当てる。

「はぅ……」

 もうひとつもタオルで包んで手渡すと、紫織ちゃんは首と脇に挟んでじっとし始めた。一安心だ。

「……にしたって、薬局で冷やすの買った方が速かったよね。遅れちゃってごめん」

「慣れない場所なんだし、持ってきてくれただけでもありがたいよ! それに、すぐ戻って来てくれたじゃないか」

「いやあ、偶然もらっただけだから……ケーキにすれば保冷剤もらえたかな」

「ケーキも無理だったみたいよ」

 佳奈子が申し訳なさそうな顔でスマホの画面を見せてきた。

「箱の口を閉じると時間が停止するケーキ箱があるんですって」

「まじか」

 繊細な意匠のケーキ箱はレース模様のように見える線がすべて魔法陣なのだそうで、見た目と機能性を両立した人気製品らしい。

「スマホを使いこなす座敷童ってきっとお前くらいだよな」

 佳奈子以外に座敷童は実在するのかどうかさえ知らないが、居たとしても、家電修理ができるほどメカニックなのはこいつくらいだろう。

「うるさいわね。……で、保冷剤と比べるとこの箱の方が割安だから、保冷剤が衰退したんだとか……そういうことらしいわ」

「便利だなー」

「あんたケーキ食べたことなかったっけ?」

「物心ついてからはコンビニケーキしかないや」

 元々、自分がクリームより黄な粉とか小豆の方が好きなのもある。

「…………。今度のあんたの誕生日、ケーキ買お?」

「えー……いいよ」

 今度の誕生日って、もう俺19になってんじゃん。ハタチ手前でケーキはさすがに恥ずかしい。

「あたしが良くないから買おう?」

 佳奈子はなぜか瞳を潤ませていた。

 ……たまにこいつ、俺をお姉さん目線で見守り始めるんだよな。

「わ、わかったよ。ちっちゃいやつな。ちっちゃいやつ。でかいのは無理だ」

 俺たちが話している横で、予告通り回復し始めたらしい紫織ちゃんが三崎さんに頭を下げていた。

「うう……ご迷惑、おかけしました……」

「大丈夫だよ。後ろ見ないで進んでた私もどうかと思うし……ごめんね」

「三崎さん、しっかりしてるから。まかせっきりに」

「京でいいよ?」

「……京ちゃん」

 仲良きことは美しきかな。小学校の頃の紫織ちゃんの境遇を思えば、なんだか嬉しく感じる。

 そういえば、前に『友達紹介する』って言ったんだっけ……

 俺が積極的に紹介した状況ではないが、結果オーライだ。


 来る途中ででもらった一口アイス(試食品)をみんなで食べてから、今度こそ小樽探索へと出発した。

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