3. 到着―小樽市内

かまぼこおいしい

 会話は暴走しながらも、走る車窓に海が見え、街が見え……となれば、自然とわくわくしてくるものだ。

 高速から降りる手前で、キレたリーネアさんがほぼ半泣きで『注目!』と叫んでから予定を話してくれた。

 伝え終えて『到着するまで俺を構うな』といじけた彼に、翰川先生・ミズリさん・ルピネさんが謝り倒していたのがシュールだった。

 助けてあげたい気持ちは俺たちにもあったのだが、さすがに割り込むわけにもいかなかったので、そこは非常に申し訳なかったと思っている。



「はい、到着」

 リーネアさんはかまぼこ屋の傍で車を止め、俺・佳奈子・三崎さん・紫織ちゃんを車から降ろした。

「説明したが、お前らは18時までそれぞれ観光していい。トランクの荷物は俺たちで預かって旅館まで運んでおくから気にするな」

「「「ありがとうございまーす!」」」

 それぞれで礼を言うと、車の中の大人たちがそれぞれ会釈する。

 いじけモードから復調したリーネアさんが言葉を続ける。

「その時間までにここに戻ったら、俺らで迎えに来る。個別行動はナシだ」

「「「はーい」」」

 4人班だと思えばちょうどいい人数だ。

「先生たちの予定は?」

 三崎さんの問いに、リーネアさんと翰川先生が答える。

「まずは荷物置きに宿行くよ」

「人に頼んで取ってもらった旅館だから、予約の確認と料金の相談をする必要があるんだ」

「あと、お礼もな」

「あっ……そうですよね」

「ん。まあ、お前らが気にすることでもない。この旅行でかかる費用の会計に関しては、帰って落ち着いたらそれぞれでやることになってる。確認が終わったら俺らも動くしな」

「水族館!」

 どんだけ水族館行きたいんだ翰川先生。

「はいはい、行ってやるから」

 リーネアさんは疲れた顔で彼女をあしらう。車の中で散々絡まれていたので疲労も仕方がないだろう。

 ミズリさんはそんな奥さんが可愛くて仕方がないとばかりに笑っており、なんだかとってもホラー。ぶっちゃけ言うとたまに『あんたが甘やかしたから彼女はこうなのではないか?』と聞きたくなってしまう。

 ルピネさんは最後部座席――着く直前に気になってスマホで調べたが、3列車両では3ndシートというらしい――から、後部座席もとい2ndシートへと軽い身のこなしで移ってミズリさんの隣に着席した。

「どっち側に店あります?」

 俺が聞くと、翰川先生は小樽市の軽い説明をしてくれたのち、俺のスマホを指さした。

「スマホにナビアプリは入っているだろう。道に迷ったら、通行の邪魔にならないところで場所を検索すればいい」

「そっすね。そうします」

 4人でお礼を言うと、大人4人は鷹揚に頷いて手を振った。

「はぐれないようにな」

「気を付けて行ってらっしゃい」

「楽しんできてね」

「またあとで」

 基本的に優しい人たちだ。

 まともにしていればまともなのになあ。



「……かまぼこ美味い」

「おいひゅいわね」

 白のワンボックスを見送ったのち、俺と佳奈子はさっそく件のかまぼこ屋へと入っていた。

 翰川先生曰く、ここのお店は小樽観光の起点には便利な位置にあり、店のすぐ前の大きい通りを通れば、ガラス工芸や洋菓子店舗などが立ち並ぶ方へと向かうことが可能とのこと。

 便利な位置で降ろしてもらえてありがたい。

 俺の中でかまぼこは”白にピンク”なイメージが強かったのだが、このお店で売られているのは、スナック感覚でつまめる揚げかまぼこである。

 弾力ある食感と海鮮の風味はルピネさんが言っていた通りの美味しさだった。

 油で揚がっているから、香ばしさもプラスされている。

 やはり時間が経つと冷めてしまうのだが、味が落ち着いてより食感がしっとりするし、適度に冷たいお陰で夏には嬉しいおつまみ気分だ。

「小樽来て良かった……」

「速いわね。まだ店ひとつしか入ってないのに」

 佳奈子がくすくすと笑っている。

 こいつはすでに大量のかまぼこを食べていたが、昔から大食いなので飯が腹に入るのかどうかという無粋な質問はしない。

「いいじゃんか。普段食べないもの食べるの美味しいし」

「確かにそうかも。だからあの2人真剣に選んでるのね」

 三崎さんと紫織ちゃんはお土産をまずはここで選ぶというので、俺と佳奈子は2人して店のイートインスペースでかまぼこを食べている。

 三崎さんは、紫織ちゃんとあれこれ話しながら、パッキングされた海産物のコーナーを見ている。なかなか種類豊富なので、2人とも大いに迷っているようだった。

「お土産選ぶのって楽しいよな」

「あたし迷うの嫌いだからぽんぽん選んじゃうなー」

「人それぞれか」

「修学旅行は八つ橋一択だったわ」

「八つ橋アソート美味かったな」

 佳奈子は、定番のニッキのほか抹茶・イチゴ・チョコなどの味が入ったものを数種類で買ってきて、俺とばあちゃんへのお土産にしてくれていた。

 八つ橋パーティ楽しかったな。

「こっちで何買おうか迷うのよねえ」

「最終日にもお土産タイムつくってくれるって言ってたぞ。初日であちこち見て回って、必要があれば店を指定して帰りに寄ってくれるとかなんとか。翰川夫妻が」

「あのご夫婦、気遣いがあっていい人ね」

「俺もそう思う」

 もう少し常識パラメータを上げてほしいけど、あの夫婦が常識まで兼ね備えたら完璧超人になってしまう。あれくらいでいいのかもしれない。

「紫織、悩んでる」

「だな」

 三崎さんはお土産を確保したようだが、紫織ちゃんはまだショーケースの前で悩んでいる様子だ。

 二人でなにやら話し合いながら指さしで確認している。

 『しばらくかかるかな』と思い、店の混み具合を見渡していると――レジの前に虹銀髪が見えた。

 あの髪色をした人物はこの世に2人と居ないであろう。

 シュレミアさんはメモを出してあれこれと話しており、店員さんは袋を複数枚出して各種かまぼこを入れていく。

 めっちゃ買い込んどる……

「コウ、どしたの?」

 気付いたら俺のひら天を勝手に食べている佳奈子は、人混みの中で遠くを見るには背が足りない。

「や、なんか、シュレミアさんがかまぼこ買ってて」

「……あの人かまぼこ食べるの?」

「知らねーっすよ」

 本人が食べるかはさておき、家族向けに買ってるのでは。なんせ8児の父だそうだし。

「結局あのひとがどこに居たのかわかんない」

「現地集合っつってたじゃん。現地に集合したんだろ。たぶん」

「……そうなのかな」

 佳奈子は椅子からたむっと床に足を付けた。

「ちょっと問い詰めて――」

「おまたせ!」

 三崎さんと紫織ちゃんがぱたぱたとこちらに駆け寄ってきた。

「京、来るタイミング悪い!」

「ええっ⁉ な、何かしたかな……」

 慌てる三崎さんの後ろで紫織ちゃんがきょとんとしている。

 2人がこちらに駆け寄ってきたときには、シュレミアさんの姿はなかった。



 4人で歩いている間、ふと疑問を口に出す。

「なんだか、空気感が暑いような涼しいような?」

「海沿いの街で、運河もあるからねー。水場があると、風向きでけっこう体感温度変わるんだよ」

「へえ……海風潮風ってやつも込み?」

「うん。やっぱり夜になれば札幌より気温も下がることが多いよ」

 三崎さんに教わって気づいたが、俺は海を見ることも久しぶりだ。

 貴重な機会と思って、この独特な空気感を味わおう。

「風鈴下がってる……きれい」

「ガラスの風鈴かあ。おばあちゃんのお土産に買おうかな。値段どうなんだろ」

「千円台から2千円台くらいまでじゃなかったかな」

 三崎さんはとても博識で、今も小樽に疎い俺たち3人を先導して歩いてくれている。

 ガイドブックは彼女に進呈した。

「けっこう安いのね」

「もちろん、特別な手間を加えたものを買えば高くなっちゃうけど、ガラス工芸で高いものって、大きいものとか繊細な細工のものなんだよ。爪やすりみたいな小物は手ごろな値段で売ってるんだ」

「……京、やたら詳しくない? そんなに下調べしてきたの?」

「え? ……あ……そうかも。昨日、楽しみで」

「真面目ね」

「頼りに、なります……!」

 リュックを背負った紫織ちゃんは暑さからか顔が赤い。

「し、紫織ちゃん、大丈夫? 飲み物いる?」

 彼女はたった数週間前に目覚めて以来、初の旅行だ。人より体力がなくてもおかしくない。

「……だいじょうぶです……」

「休憩しよっか!」

「ごめん、気づかなくて……!」

「あ、ベンチある。すみませーん、そこのベンチお借りしてもいいですか⁉」

 通りがかったガラス屋さんの隣の飲食スペースをお借りして、紫織ちゃんをテントの下のベンチに休ませる。

「ふぁえぅ」

 ここで漫画なら『きゅう』とでも言いながら目を回しているのだろうと思われるほど、紫織ちゃんはぐてっとしていた。

「紫織が溶けてる……」

「溶けちゃだめだよ、紫織ちゃん。これ、首と脇の下に当てて」

 介抱は女子に任せて、俺は預かったバッグとリュックたちのそれぞれの持ち手部分に紐を通し、フックでまとめる。ひったくり防止と運びやすさ優先。

「俺、何か冷たいもの持ってこようか? けっこう歩いたし、そろそろ店見えてくる距離だと思う」

 どこかの店――例えば洋菓子店だとかになら、保冷剤があるかもしれないし。要冷蔵のちょっとしたサイズのお菓子を買えばもらえるはずだ。

 女の子を走らせるわけにいかないし、ぱっぱと行ってぱっぱと帰ってきてしまった方がいいだろう。

「ごめん。任せていいかな。お金後で払うから!」

「いいよいいよ。俺、元々自分の土産に買うつもりだったからさ。早まっただけだと思えば全然気にならないよ」

「コウ、ありがと……あたしの分のチョコも買ってきて。あとで払うから」

「それは自分で払えな」

「わかってる!」

 佳奈子の好物は大体わかっているので、聞くまでもない。駆けだしつつ、頭に入れていた小樽散策ルートを思い出す。

 小樽でチーズケーキが有名な洋菓子店は市内にいくつかの店舗があるのだ。そして、美味しいのはチーズケーキのみではない。洋菓子の基本ともいえるチョコレートやクッキーも存在し、美味い。

「……保冷剤貰わなきゃだし、チョコにするか」



  ――*――

 光太がシュレミアを目撃する10分前。

「ん……」

 目覚めたシュレミアはのそりと体を持ち上げ、かまぼこ屋の前で停まった車のトランクをうっすらと開けた。

「……」

 わずかな隙間から”ぬるり”と車から降り、リーネアやひぞれが生徒たちに言い聞かせる声を尻目にかまぼこ屋へと移動した。

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