おさけおいしい
空気が読めない父は、この空気の中で淡々と挨拶をする。
「こんにちは、オウキ」
こういうところはある意味尊敬する。……当然、普段のふるまいへの反面教師として。
平然とした父とは対照的に、しどろもどろなオウキが、指をもじもじといじりながら挨拶を返す。
「やあ、シェル……先ほどはご迷惑を……」
「? ルピネが何か」
「いや……ルピナスの方が、キミの娘さんにだね……」
父は首を傾げてからルピナスを見やる。
「ルピナス?」
友人はびくっとして姿勢を正した。
「あ、あああああのう」
「人前を憚らずに求婚するのはどうかと思います」
やっぱり聞いていたのか。
「そうじゃなくて……!」
オウキが地団太を踏んでいる隣で、顔を赤く染めたルピナスが頷く。
「そ、そっか……そうだよね。今度からは、ルピネちゃんとふたりきりのときに言うようにするね」
おそらく、オウキが言っていることはそういうことではないし、父の反応は盛大にズレているしで。ルピナスの振る舞いは修正されない。
冗談のプロポーズとはいえ、ルピナスも女性だ。
恥じらいを持って、ふたりきりのときに告白してほしい。もちろん、相手は私ではなく彼女が心から好いた人が望ましい。
傍観している私はと言えば、札幌に来てからというもの父上とひーちゃんに揉まれているリーネアの気持ちが少しわかるような気がした。
ついでに、光太の苦労も。
オウキは諦めたのか、父が虚空から引っ張り出し始めたガラスの食器や酒瓶を見て話を替えた。
「お酒買ってきたんだね」
「はい。ワインと日本酒、です。試飲もしてきました」
小樽には種類豊富な地酒があり、酒好きな私は父とルピナスと共に飲みたいと思い、父に買い出しを頼んでいた。
甘味と酒類に対する父の舌は確かなものだから、きっと美味しいものを選んできてくれたことだろう。
私も、おつまみに乾物やチーズを用意してここに臨んでいる。
「わー……お邪魔してもいいかな? 手土産あるよ」
オウキは虚空から塩辛の瓶を出した。彼は見かけによらず好みが渋い。
「土産などなくとも、宿をとっていただいたお礼に」
「ありがとー!」
「たくさん買いましたから、オウキも飲めるものがあれば是非」
「甘口のワインある?」
「はい」
父はオウキにワインをひとつひとつ説明していく。
「いろいろ飲んだんだねえ」
「美味しかったので妻と来たいです」
「次の訪問を楽しみにするってことは、そりゃあ、アネモネちゃんへのお土産選びも捗ったでしょ。良かったね」
「妻が喜んでくれたので幸せです」
食器をそれぞれの席に並べ、おつまみを小皿に盛り付ける。
「大人同士でゆっくり飲もうか」
「だね!」
「えへー、チーズ美味しい」
モッツァレラを幸せそうに食べるルピナスは、とても無邪気で可愛らしい。
「やっぱり北海道だね。乳製品美味しーもん」
「あなた方には良い場所なのだろうな」
彼らは揃って乳製品好きだ。
「ところでミズリの変態ってどこまでバレたの?」
「光太が違和感を抱いている程度です」
オウキと父の話題はなかなか酷い。
「おおー……あの変態も擬態が上手いねえ」
「たぶん擬態できていないと思いますよ」
私も出来ていないと感じた。
車内での奇行を見れば一目瞭然だ。
「なんでバレてないの?」
「異常なものを目にした時の反応は『見なかったことにする』が適当です」
京はリーネアで奇行に慣れているし、佳奈子は父のせいで奇行に麻痺している。紫織は生来の天然さと鈍感さが幸いして気付いていなかった。
「割りを食うのは向き合う必要のある距離にいる人だけってやつだね!」
無邪気だからこそ、ルピナスは残酷だ。
「あっはは、光太くんすっげー可哀想」
苦しそうに爆笑を始めるオウキに、父が首を傾げながら呟く。
「あなたの親戚でしょうに」
「俺ミズリ苦手なんだよねー」
「本人に言ってください」
「鬼かよ」
「その通りですが」
「やばい。話通じない」
ひーひーと苦しそうに爆笑を続けている。
楽しそうで良いことだと思う。
「ルピネちゃん、ローザライマ家育ちなだけあってスルースキル高いよネっ」
「いちいち気にしていてはやっていけないからな」
内容がどれだけ真っ当だろうと、それが相手に響かないのならツッコミは無駄玉なのだ。
光太は真面目だから、ひぞれとミズリにも律儀にツッコミを入れ続けているのだろう。
……後で労わってやりたい。
「あはー」
ワイン片手に上機嫌なルピナスは、口の周りをトマトソースで汚していた。こういうところもオウキとそっくりだ。
本人は気付いていないのでウェットティッシュで拭ってやる。
「んむ。……ありがと」
「ちなみに、お前はどう思う?」
眉間にしわを寄せつつ答える。
「たぶん、ミズリさんが人見知りだからじゃなーい? 同好の士と認めた相手なら曝け出すでしょ」
「認められてはたまったものじゃないな」
一度バレると開き直りを始めるので、ミズリの変態性は無差別テロのようなものだ。
「今は心の準備期間ってやつだよ。光太のひぞれへの姿勢と親愛の深さを測ってる」
ルピナスが得意げに言うと、オウキが笑い始めた。
「あっはっは。なるほど。ひぞれのファンとして認められたら、一番常識人だと思っていた人に変態オープンマインドされる、と」
父が静かに呟く。
「端的に言って地獄では?」
「そうだな」
光太のショックは計り知れない。
「まあミズリが変態なのはどうでもいいや。いつものことだし」
さらっと酷いことを言いながら、オウキはチーズかまぼこに手を伸ばす。
「んむ。……で、生徒さんたちはいつくるんだっけ?」
「6時にリーネアとひぞれたちとで迎えに行くそうなので。ここに着くのは6時半くらいだと思います」
「じゃあそろそろだね」
時計は6時10分を指している。
「夕飯を食べ終えたら、顔合わせと勉強会をする予定だそうだ」
「うんうん。広間借りたから大丈夫」
「夕食もそこでとるのか?」
「あ、うん。そろそろちょっと受け付け行ってくるかな」
「私が行って来る」
「えー。いいよ」
「働かせてばかりでは申し訳ない」
オウキはふにゃりと笑って、ルームナンバーのついたカードキーを渡してくれた。
「じゃあ、お願いね。代表者のカードキーで予約が活性化するから」
「わかった」
「私も行く! 私も! ルピネちゃんと一緒!」
「わかったわかった」
『きゃあー☆』とはしゃぐルピナスが私に飛びついてくる。甘えん坊で可愛い友人だ。
「もう、ルピィ……胃が痛くなるよ……」
「お気になさらず、オウキ。娘さんのエスコートは任されよう」
「ルピネちゃんは相変わらず男前だし……」
オウキと父に会釈してから部屋を出た。
――*――
「娘がごめんね。告白しまくるのに肝心なところでチキンで……」
「わかっています。本気で恋している一方で、その根は妖精の執着心。あなたの娘さんに非はありません」
「つくづくキミは化け物だなあ」
「ルピネも、まともには好意の認識なんてできませんし」
「……あはー。……お互い様?」
「はい。……よそ様の娘さんに恥をかかせてしまうようで申し訳ありません」
「衆人環視の中で告白しだすウチの娘の方が申し訳ないよ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます