死に神に二度会えば   <ラブコメ>

死に神に二度会えば

 瑞希みずきがその男をはじめて見たのは、社会人になって四年目の冬、大学時代の恩師の葬儀の席だった。男は骨張った長身を漆黒のスーツに包み、壁ぎわに佇んでいた。その印象的な容姿には、どこか懐かしい既視感があった。


「あの人、誰だか知ってる?」


 周囲の友達に何気なしに訊くと、二年上の鈴田先輩が「しっ!」と目配せして席を立つので、そっとついていくと廊下のはずれで立ち止まった。


「見るんじゃない。あいつは死神だ。絶対かかわるな」


 鈴田は大正時代から続く古い葬儀屋の長男で霊感があるという噂があった。


「うそでしょ、先輩」


 瑞希は笑おうとしたが、鈴田の顔は真面目そのものだった。


「俺はな、親父の手伝いであっちこっちの葬式に行くんだ。その席で、何度あの男を見たか、わからないんだぞ」


「だからって死神とは限らないし」


「素人が偉そうにものを言うな。あいつを見える人間と見えない人間がいるんだ」


 そう言われて、瑞希ははじめてゾッとした。


「そうだとしたら、何度も見てる先輩こそ危ないじゃないですか」


「あいつと目が合わなきゃいいんだ。でなけりゃ葬儀屋はみんな早死にしちまうだろ。死神と二度、目が合ったら、その日のうちに死ぬんだ。覚えておけ」


 鈴田は引きつった顔でそう言うと、クルリと背を向けて部屋に戻ってしまった。

 瑞希がその場にぼんやり立ちつくしていると、ふいにドアが開いた。

 例の死神が、目を合わせたらいけない男が、こちらへ向かって歩いてくる。


 瑞希は咄嗟に通路に背を向けると、ハンカチを目元に押しつけて泣いている振りをした。足音がコツンコツンと近づいてくる。何人も行き交う人がいるのに、その男の足音ばかりが何故か耳につく。


 その足音が瑞希の真後ろで止まった。


「大丈夫ですか」


 背後から、低く柔らかい声が瑞希を気遣った。

 振り向くと、背の高い死神がこちらを見おろしている。


「はい。すみません。大丈夫です」


 瑞希は急いで目を逸らし頭をさげた。


「気分が悪いならお送りしますよ。僕もそろそろ失礼するところですから」


「ありがとうございます。でも……」


 瑞希が口ごもると、相手は先回りするように言った。


「そうですよね。初対面の男になんて、ついていけませんよね。失礼しました」


「え?」


 思わず顔を上げると、色素の薄い瞳が悲しげに瑞希を見つめていた。


「どうぞお大事に。失礼します」


 死神は瑞希に背を向け、コツンコツンという足音とともに遠ざかっていった。


「やばい。あと一回になっちゃった」


 瑞希は顔をしかめて呟いた。





  *  *  *  *  *





 その日からしばらくは仕事が忙しかったこともあって、死神のことは忘れていたのだが、あるおだやかな春の夕刻、いつも仕事帰りに寄る本屋の前で、瑞希は黒いスーツの死神に出会ってしまった。


「こんばんは」


「こんばんは」


 赤々とした夕映えの下で、死神と瑞希はぎこちなく挨拶をかわした。


「あの。もし良かったら。このあとお時間があれば、珈琲でもいかがですか?」


 死神が遠慮がちに訊いてきた。


「ええ、大丈夫です」


 瑞希は覚悟を決めてうなずいた。やっぱりそうなんだわ。わたし、死ぬんだ。

 

「良かったあ。こんなところで会えるなんて思いませんでした」


 死神は嬉しそうな笑顔をみせる。そして二人はアーケードのはずれにある小さなカフェに入った。


「わたし、ここで死ぬんですか?」


 カフェラテをオーダーすると、瑞希は単刀直入に訊いた。


「ええっ?」 死神は目を丸くする。


「だって死神さんとまためぐり会ったってことは、間違いなく死亡フラグですよね」


「ちがいます! 今日は僕、プライベートです! あなたは死にません!」


 死に神が血相を変えて否定したので、周囲の客の目が二人に注がれた。


「そしたら、どうして?」


 瑞希は声をひそめて訊いた。


「実は、はじめてお目に掛かったときから、素敵な人だなあと思ってまして」


 死に神は目を泳がせながら頬を赤らめ、うつむいた。


「もう一回チャンスがあれば、きっとお願いしようと思っていたんです。

僕とおつきあいして頂けないでしょうか……」


「……」


 瑞希は驚きに言葉を失って、うつむいた男のつむじを見つめていた。


「――だめですか」


 死に神が切ない上目づかいで瑞希を盗み見る。


「いえ、ごめんなさい。わたし、死ぬんだとばかり思ってたんで、自分の置かれた状況が把握しきれないっていうか……」


 そう言いつつも、瑞希の心はしだいに弾みはじめていた。

 しかし死神は瑞希の返事を逆の意味に解釈した。


「そうですよね。非常識ですよね。死神が恋なんてあり得ませんよね。身の程知らずですよね。お前が死ねって話ですよね。すみませんでした」


 死に神は早口で自分自身を全否定すると、目を潤ませて伝票をつかんだ。


「失礼します。二度と現れません!」


「待って!」


 瑞希は慌てて死神を呼びとめた。


「わたし、そんなこと気にしませんから!」


 振り向いた死神は耳まで真っ赤だった。


「あの……ほんとうですか?」


 瑞希はふふっと笑った。


「ええ。こんな素敵なチャンス、きっと二度とないですもの!」

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