幽霊オフ会招待状  <ホラーコメディ>

幽霊オフ会招待状

 十二月二十二日、午前一時五十一分。

 現役合格を目指す高校二年、小川おがわ華音かのん はベッドで爆睡していた。

 毎日、塾から帰宅するのが十時半。晩御飯を食べて風呂に入って、課題をこなせば、寝るのは午前一時を過ぎる。

 こんな生活を再来年も続けるのはいやだ。いやだよう。ええ~ん。ぐー。



 ……おめでとうございます。……おめでとうございます。



 誰かがあたしを祝福している。

 やだあ。あたし、いつの間に合格したの?


「はあい、どうもですう」


 華音は夢うつつに目を閉じたまま相手と握手を交わし、冷たく濡れた感触にぞっと震えあがった。


「御当選、まっことに、おめでとうございまあす」


 息のかかりそうな近さから、青白くむくんだ顔の男が華音を凝視している。

 男の額に貼りついた、びっしょりと濡れた髪から、水滴が枕元にしたたり落ちる。


「……! ……! ギヤアアアア!」


 華音は思い切り絶叫した。


「ナイス! そうこなくちゃ!」


 水死体のような男は、会心の笑みを浮かべてサムズアップした。


「なにっ? だれっ?」


 華音は枕を抱きしめて、背中を壁に貼り付けた。

 男がゆらりと立ち上がると、ぽたぽたと床に滴の溜まる音がする。

 明かりもないのに、その姿の細かいところまで暗闇にぼんやり浮かび上がる。


 有名ブランドの細身のスーツに、襟足までなでつけた茶髪。

 おぞましくなければ、いかにもチャラ男サラリーマンのといういでたちだ。


「チャッス! 自分、ケーソツと申します! ただいま幽活中でえっす!」


 チャラ男の水死体は、胸の前で揃えた両手を垂らして、オーソドックスな幽霊ポーズを決める。


「なにそれ?」


「へいへい、彼女。ユーカツったら、幽、霊、活、動。OK?」


 ケーソツと名乗った幽霊は巻き舌で発音してみせる。


「いやーっ! 幽霊なわけ? やだ! 帰って! 出てって!」


 激しい悪寒に身を震わせた華音は、枕を抱きしめて顔を埋める。

 すると、あからさまにバカにした感じの「ちっ」という舌打ちが耳に届いた。


「なんだよ!」


 思わずムッとして顔を上げると、ケーソツはスーツの内ポケットから金色のチケットを取り出して、これ見よがしにヒラヒラさせて踊っている。


「いいのかな~? せっかく御当選のお知らせに来たのに?」


「――なにが当選したのよ?」


「彼女、やっぱ、興味あるじゃーん」


 一閃、宙を切り裂く華音のドロップキック。さらに拳に全体重をのせたジャブ。

 床に沈んだケーソツのマウントを取って、ネクタイをキリキリと締めあげる。


「さっさと言え! この、××××野郎!」


 人間は怒りながら同時に怖がることはできないのだった。


 パン、パンパン。

 幽霊は床を叩いてギブアップした。この間、5秒。


「ケー! 苦しっ! JK、強えー! マジ予想外」


 華音は差し出されたチケットをむしり取った。



 

   * 祝☆御当選  VIPチケット *


 おめでとうございます!

 幽霊だけの秘密の宴に、生きてるあなたを特別御招待!

 滅多に会えない死人たちと、今夜だけのガチトーク!

 参加費・往復交通費・葬儀費(笑)など一切無料です。


 なお、このチケットは当選された御本人のみ有効です。

 オークションなどで譲渡売却等された場合は呪います。


        ※ 当日のみ有効




 華音はチケットを床に叩きつけ踏みにじった。


「ああっ! なんてことを!」


 ケーソツが泣き声をあげる。


「誰が行くかっ! ボケッ!」


「だって無料よ?」


「嬉しくないっ!」


「このボクがお願いしても?」


 華音が禁断のスクリューキックを見舞おうとした矢先、鍵を掛けておいたはずの窓がガタリと開いた。生温かい風が吹き込む窓際に、白い紬を着流した男が腕組みをして佇んでいる。


「――来ることはない」


 風に長髪をなぶらせた男は、俯いた横顔を上げもせず、ポツリと言った。


「どうせ、つまらん集まりだ」


「――だれ?」


 華音が呟くと、ケーソツが答えた。


「あいつは人呼んで、次点ッス。作家志望で才能はそこそこあったらしいんスけど、応募原稿がことごとく次点止まりになるんで、世を儚んで死んだ男っスね。ここだけの話、仲間の幽霊がウツになるくらい、性格が陰惨で、友だちは一人もいないっスから、あんま、近づかない方がいいッスよ」


 次点と呼ばれた男は、華音と一瞬目が合うと、ふっと目を逸らし遠くを眺めた。

 芥川龍之介に似た風貌が月影に映える。その端正な憂い顔に華音の胸はときめいた。その隙に華音の腕を逃れたケーソツは次点の袖をつかんだ。


「次点! テメ、何しに来たんだ、コラ」


「呼ばれぬ席に出てくるのが幽霊の倣いとか……」


 次点が月を眺めながら答える。


「一人では、荷が重かろうと思ってな」


「今夜のプレゼンターは俺なんだよ! だいたい、今、彼女に来るなッつったろ? 何考えてんだ!」


「ふっ……。君ごときが、俺の思考を理解できるとは思っていない」


 次点の口角がわずかに上がった。


「あんだとコラ!」


「あたし、やっぱ行こうかな?」


 突然の華音の参加表明。

 次点を見つめる眼差しが熱を帯びている。


「うそ。マジ?」


 ケーソツは複雑な表情を浮かべて華音を眺めた。


「ま、いいか。気が変わらないうちにレッツゴーって、昭和かよー」 


 ケーソツのノリツッコミとともに、華音の視界が揺れ動いた。


 気づくと、何処かのお屋敷の中庭に立っていた。

 広い庭園には池越しに築山があり、深夜の朧月がぼんやりと石灯籠を照らしている。座敷の障子の内にボンヤリと灯りがともり、老舗旅館のような佇まいだ。

 その障子がすっと開いて、肌の浅黒い大柄な青年が縁側に出てきた。


「おお、華音! 久し振り!」


 その手を取ると、笑顔の暑苦しさに反して氷のように冷たい。


「えっと。どこで?」


「ほら。去年の夏休み。俺、三回転半ジャンプ決めて、華音に手振ったじゃん」


「あ! あのときの変な人?」


 お盆の帰省ラッシュで渋滞した高速道路。父の運転する車の後部座席で半分眠りながら外を見ていた華音は、深夜の中央分離帯で上裸の男が見事なアクロバットを披露するのを見たことがあった。


「サブちゃんは生前、調子に乗ってはしゃぎすぎて死んじゃった男なんですよ」


 ケーソツが解説した。


「肉体系なんで誰も幽霊だと思わなくてね。陽気な酔っ払いとしか思って貰えないのが悲しいところだよね」


 障子の奥の座敷には十人程の男女が和やかに談笑していた。


「みんな。華音ちゃんが来てくれました」


 ケーソツの声に全員が拍手した。華音がぴょこんと御辞儀をすると、さらに拍手が大きくなり、あちこちから歓迎の声が聞こえた。


「挨拶はいいから。どうぞ気楽に」


 華音は勧められて箸を取った。刺身盛り合わせに天ぷら。旅館の晩御飯だった。


「言うけど、俺なんか次点よりましだぞ」


 華音の隣に胡座をかいて、サブちゃんが笑った。


「この人はね、華音ちゃん。見渡す限りの薄野原の真ん中にこの白い着物でポツンと立って風に吹かれてたりするからね」


「絵になるじゃない」


 華音がフォローすると次点の肩がぴくりと上がった。


「人っ子一人いない夜の野っ原だよ。誰が気がつくの。出る意味ないじゃん」


「分かる人にだけ分かってもらえれば、俺はそれでいいんだ」


 次点は酒のグラスを握り締め、眉間に皺を寄せて目を閉じている。


「それとか、バーのカウンターで酔いつぶれる奴の隣に坐って、冷ややかに見下してたりとかね」


 ケーソツも参加してくる。


「他人の苦しみに口出しするのは野暮というものだ」


「なら、見るなよ」


「後日、状況を語られた本人が怯えまくるんだよな」


 サブちゃんがゲラゲラ笑う。


 華音がくすっと笑うと次点の眼差しがふと和んだ。


「ケーソツはどうして死んじゃったの」 華音が訊く。


「こいつはね、台風直撃の深夜に傘差して歩きスマホで川に落ちたの」


「それでケーソツなんだ」


「いや、それほどでも」


 本人なぜか照れている。


「そこで、今夜は華音ちゃんにアドバイスを貰いたいんだけど」


 サブちゃんが華音のグラスにジュースを注ぐ。


「俺たち、基本、こんなだから。自己アピール下手なんだよ」


 サブちゃんが頭をかく。


「もっと人間とコミュニケーションをはかりたいんだけど」


「そこにいくと妖怪は押してくるよな」 とケーソツ。


「いいよ。このままで。俺には変える気はないから」と次点。


「このままでいいのは、あんただけだ」とケーソツ。


「目立ちたいなら、まず、サイト立ち上げるとかどうですか?」


 華音は提案する。


「サイト?」


「幽霊の潜在ファンってけっこういると思うんですよ。だから本日出没する場所と時間帯の告知とか。メンバーの自己紹介とか。更新が多ければフォロアーもついてきてくれると思いますよ」


「それ、いいかも! でもなあ、俺らカメラに映れないんだよな」


「加工しちゃいましょうよ」


「うわ。大胆」


「それで大々的にオフ会やるんですよ。会場は暗くして、来た人にはペンライト持って貰って。敢えて誰が幽霊とか名乗らずに」


「それ、いいなあ。友達できそうだ」


寒霊クールジャパンって横断幕に書いてもいいかな」


「いけますよ。頑張りましょう!」


「華音ちゃんに相談して良かった」


 幽霊たちは口々に華音に感謝した。


「御礼になにかさせてもらいたいんだが」


「いいですよ。べつに」


「そうはいかない。今後君の背後には必ず誰かが佇むことに」


「いや。それ迷惑なんで」


「――この場限りさ。しょせん幽霊だからな」


 フェードアウトしかけている次点に華音は思い切って言った。


「次点さん! あたしとおつきあいしてもらえませんか」


 ふいをつかれた次点は目を見開くと、悲しげな顔で笑う。


「ああ――。すまないが、俺にはできない」


「なぜ?」


 次点は顔を背けてつぶやく。


「俺は幽霊だ。この愛に賭ける命がない」


 華音の胸がトクンと音を立てた。


「いいんです。だって生きてる彼なら、どんなに会いたい日でも会えないこともあるけど、幽霊なら、いつでも傍に居てくれるでしょ?」


 見つめあう二人。


「君が許してくれるなら、僕は今日から君の影になろう」


「取り憑くって言えよ!」(ギャラリー)


 その後、華音が妙に明るくなったという、おめでたい噂が流れた。

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