三分で出来る完全犯罪  <ミステリー>

三分間で出来る完全犯罪

 完璧だ。


 俺は殺害現場を見渡して、ひとり肯いた。

 とあるホテルの一室の床に、哀れな死体が転がっている。

 背中からナイフで一突きだ。おそらく即死だったろう。

 俺を裏切るから、こんなことになるんだ。


 こいつと俺は某小説サイトのユーザー仲間だったが、俺の考えた渾身のダジャレをこいつが盗用して大ヒットし書籍化したのだ。許すわけにはいかん。


 ビニール合羽を被ったから、俺のタキシードには血痕ひとつ飛んでいない。

 最後に乾杯したグラスは完璧に洗って拭いて、元の位置に戻した。

 指紋もすべて拭き取った。俺の痕跡はどこにも残っていない。


 当然、アリバイも作ってある。

 今夜の俺は、このホテルの最上階で開催されているパーティーに出席している。

 主催者から頼まれたスピーチの時刻の直前に抜けだして、ここに来たのだ。

 まだ10分も経っていないから、今戻れば誰も気づくまい。


 時計を見る。

 あと7分で俺のスピーチの時刻だ。もう行かなければ。


 そのとき。俺はあやうく叫びそうになった。

 死体の手元に、ついさっきまで気づかなかった緑色の文字が見えた。


 ――ダイイングメッセージか?


 俺は死体の傍らに駆けよった。

 確かに死んでいる。間違いなく息は無い。ただ右手に油性マジックを握っている。

 ちくしょう。なぜ、こいつは死に際に極太マッキーを持っているんだ。それも緑って。


 『 犯 人 は サ イ ト ー 』


 フローリングの床に癖のある字で、俺の斉藤という苗字が片仮名で記されていた。


 俺は気が狂いそうになった。このままでは、すべてが終わる。

 時計を見る。あと三分でここを出なければ、スピーチに間に合わない。

 アリバイが崩れる。どうしたらいいんだ。


 カーペットなら切り取れるが、この床はフローリングだ。


 ――そうだ。塗りつぶそう!


 俺は死体の右手からマッキーを取り上げて、文字を上から塗りつぶそうとした。

 ところがインクの出が悪くて、擦れた線しか書けない。

 なんてことだ。これでは元の字が丸見えだ。


「お前は、こんな乾燥したペンも捨てられない性格だから殺されるんだ!」


 俺は死体に虚しく毒づいた。


 あと2分。 

 絶望しかけたとき、俺は閃いた。

 この文字になにか書き足して、サイトーとは読めなくすればいいんだ。

 それならすぐにできるぞ。俺はサとイとトとーを食い入るように睨んだ。



 * * *



 翌日の朝、俺は自宅でニュースを見た。


「昨日、都内〇〇区のホテルの一室で男性の変死体がみつかりました。男性は刃物で背中を刺されており、警視庁では殺人事件とみて捜査しています」


 マグカップを持つ指が震えだし、あやうく珈琲をこぼしかけた。


「なお、室内に物色された跡はありませんでしたが、床に油性の極太マジックで『犯人はサイタマ』と書き残されており、警察では事件と埼玉の関連性を調べています。では次のニュース――」


 よしっ! 俺は冷や汗をぬぐった。

 これで捜査の目は全面的に埼玉県に向けられる。

 千葉県人である俺は、間違いなく容疑から外れるにちがいない。

 一気に緊張がほどけ全身の力が抜け落ちたような気がした。


 え、どうやったかって?

 そりゃ、簡単なことだよ。ワトソン君。


 『サ』と『イ』はそのままにしておいて『ト』の字に右上から『7』を被せると、ほら『タ』に見えるだろ。あとは『ー』の横棒の右の角から『ノ』を書いて『ヽ』を打てば、『マ』だ。『サ・イ・タ・マ』ってね。


 いやいや。自分の才能が恐いわ。

 ああ、珈琲がうまい。

 

 ピンポーン。玄関のチャイムが鳴った。


 おや、誰だろう。「はーい」


「すみません。警察の者ですが」


「えええっ?」


「サイトーさんですよね? ちょっとお話を伺いたいんですが……」


「ちがいます! サイトーじゃありません! サイタマです!!」

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