霊感タクシー  <ホラー>

「ウインク」

 その夏は、帰省の列車が事故で遅れて、地元の駅についたのは午前二時。

 とっくに終バスは出たあとです。


 改札を抜けた先に、タクシーが横付けしています。

 運転席にかしいだ人影は、どうやら居眠りをしている気配。


 窓ガラスをノックすると、びくっと背筋が伸びて、パカリと開くドア。

 足元に、車内の冷気が漂いでました。


「お待たせしました。どうぞ!」


 運転手さんの横顔は、父と同世代に見えました。


 * * *



 お客さん、どちらまでですか?

 M町ですね。かしこまりました。


 そうですか。また人身事故?

 そりゃあ、お疲れでしょう。もう二時ですもんね。


 え、寝ちゃいそう?

 そりゃ、困ったね。あははは。


 眠気覚ましに、ラジオでもつけましょうか。

 え? それより、怖い話が聞きたいって?


 まいったなあ。あははは。


 いいですよ。ひとつ、お聞かせしましょうか。

 でも、怖くないからって、寝るのは無しね。あははは。


 *  *  *



 二月でしたかねえ。

 そう、真冬ですよ。季節外れか。あははは。


 夜勤から上がって、車を駐車場に入れたんですよ。

 朝の六時くらいかな。

 二月って、まだ真っ暗ですよ。


 真向かいに停まってるのは、Yってヤツの車でね。

 見たら、ヘッドライトがいて、光ってるんですよ。


 Yの野郎、消し忘れたな――と思ったらね。

 片っぽ、パッ と消えたんです。


 わかります?

 ライトがね、片目だけ、点いてるんです。

 ウインクみたいに。


 え? ――と思ったら。

 パチン と消えた。


 それきり、どちらも点かなかった。


 *  *  *



 変な話でしょ? 故障だと、思いますよねえ。


 その晩、Yに教えてやりましたよ。


「おい。この車、壊れてないか?」ってね。そしたら。


「冗談じゃない。整備から戻ってきたばかりだ」って言うんだ。


「ライトが点いたり、消えたりしてたぞ」って言ったら。


「そんなこと、一度もなかったのに!」って、こうですよ。


 なんか空気がわるくなっちゃった。だからね。


「妙だなあ。おまえ、最近、変なことなかった?」って、冗談にしたんですよ。


 そしたら――。「ある」って言うんですよ。これが。


 *  *  *



 その前の晩の、二時過ぎだって、言ったかな。


 M町まで、酔っ払ったお客さんを届けた帰りだったって。


 あれ? 行き先も時刻も、いま、ちょうど同じですね。


 この辺りってね。――住んでる方には言いにくいけど。

 ほとんど、お客が拾えないんですよ。――とくに夜はね。

 

 団地を抜けると、ゴルフ場と畑でしょう。――あと霊園ね。


 そうそう。ありゃ、広いねえ。森みたいだ。

 墓参りのついでに迷子になっちまうよ。あははは。


 ――いや。それでね。


 真冬の夜中ですよ。

 車もまるで通らない。ひと一人ひとり、歩いちゃいない。


 グズグズしてたって、商売にならない。

 さっさと駅前まで戻って、次のお客を拾おうと思ったって。


 そしたら。


 ちょっと先で。誰か、手を上げてるんだって。


 木枯らしが、吹きっさらしてる道端で。


 *  *  *



 女の人が――。


 こうやって片手を上げてるんだって。


 半袖の、白いワンピースだったって。


 まわりは真っ暗なのに、そこの一所ひとっところだけが、よく見えるんだって。


 あっと気がついたら、霊園の入り口なんだって。




 それで、Yの野郎はね。


 一目散に逃げたってさ。あはははは。



 だって。真冬に半袖のワンピースだよ?


 女の顔なんか、見ちゃいないって。


 とにかくアクセル踏みこんで、通過したんだって。



 ――いや、それでね。


 わたし、訊いたんですよ。「ルームミラーは見たか」って。


 振り向くわけにいかないでしょ? こっちは運転してるんだから。


 でも。後ろは気になりますわね。

 いまのは、気のせいだったのか、それともってね。


 要するに、通り過ぎたあとも 「それ」 が映ってたのか、ってこと。


 ――ええ。「映ってた」そうです。


 *  *  *



 え? クーラー、寒いですか。あははは。

 そんな話ですよ。お客さん。この交差点はどっちですか?


 ああ、そうそう。

 この話には、後日談がありました。


 おっと。言ってるうちに、到着しちゃいましたね。

 残念でした。続きは次の機会にでも。


 御乗車ありがとうございました。 XXXX円になります。


 え? 最後まで聞きたいって?

 いいですけど。あははは。


 *  *  *



 ――いや、それでね。

 その話を聞いて、わたし、Yに言ったんですよ。


「それ、いて来てないか?」って。


「だって、今朝。 Yの車、ウインクしてたぜ」ってね。


 そしたら。聞き耳を立ててた、他のドライバー連中が、どっと笑った。


 ウインクが、ウケてね。「いろっぽい幽霊だ」って。


「その女に惚れられたな」とか「今夜も呼ばれるぞ」とか、散々からかわれて。


 Yの野郎、すっかり腐っちまってね。


 いやあ、笑った、笑った。





 そしたら、ほんとうに――。


 その日から連続ですよ。




 M町に行く、お客が乗るんだよね。


 二時頃になると。




 ――いや。この車にね。







 よく考えてみたら――。


 ウインクされたのって、わたしなんですよね。

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