「1/105120の勇気」 <詩>

「今日も、会えてよかった」

 突然、君がつぶやいた。


 図書館の帰り道。遊歩道は蝉時雨。

 木陰の白いベンチに、君と並んで腰かける。


 大人びた同級生。このひとに春から片思い。

 二人きりで話すのは、はじめて。

 永遠に遠いはずの人。



 夏休みの図書館。学習室のお馴染み。

 並んだパーティションのどこかに、君の寝グセの頭が見えた。


 開架室の通路で。すれ違う。目が合う。

 それだけのことで、心拍が早くなる。


 君が手に取る本は、自然科学ばっかり。

 読む気にもなれない。でも借りて帰る。


 なんとなく遠い人。だから好きになったのかも。

 遠くから見ているだけでいいと思っていた。

 さっき、君の声を聞くまでは。


 永遠に遠いはずの人が、いま隣で呼吸している。

 遊歩道は蝉時雨。過去から未来へ。



 マジシャンみたいな手つきで、君がポケットをさぐる。

 出てきたのは、青い砂時計。


「これは僕のお守り。勇気をくれるんだ」


 アンティークなガラス細工。握りしめてる骨張った指。


「きれいだね」って、やっと言えた。


 ごめん。気の利いたこと言えなくて。



 君の眼鏡のふちで、木洩れ日がまたたく。

 南西風に誘われて、髪が君に触れようとする。


 木陰の白いベンチ。遊歩道は蝉時雨。

 君が砂時計を逆さに立てた。


「五分ってさ、十万五千百二十分の一年なんだよ」


 過去から未来へ。

 流れ落ちる、白い砂。


「そう考えると。無駄にできないって、思わないか?」


 早口な君。ちょっと耳たぶが赤い。


「そうだね。ちょっと焦るね」


「そうだろ。焦るだろ」


 そこから、十万五千百二十分の一年の沈黙。

 木陰の白いベンチ。遠くから見ていたひと。




「好きです。つきあってください!」


 最後の砂の一粒と、一緒にこぼれた君の声。


 いだ砂時計。目を逸らす君。

 過去から未来へ。蝉時雨のウェーブ。


 永遠に遠いはずの人。

 君がそばにいる。

 遠くからで良かったのに。



「これ、貸して!」


 手になじむ、ガラスのまるみ。

 砂時計。勇気を貸してください。わたしにも。

 八月の南西風。吹き抜ける。


 青い砂時計。

 君のそばにいてもいいですか。


「わたしも、好きです!」


 十万五千百二十分の一年。

 いま、片思いがおわりました。

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