紙とペンと(勇者の)俳句 <コメディ>
紙とペンと(勇者の)俳句
魔王の塔の頂上で、俺はラスボスと向かいあっていた。
だが状況はあまりにも絶望的だった。
ライフだけは満タンなものの、魔法はすっからかんだし、仲間に話しかけても全員「どうやら屍のようだ」しか言わないし。装備といえば勇者のよろいと勇者の盾と、勇者の剣。アイテムもすべて使い果たし、何に使うのか分からない「紙」と「ペン」を残すのみ。これでどうしろって言うんだ。
こんなときに限って、ここ三時間くらいセーブしていない。
ああ、俺のバカ! トイレに行くのも我慢して、必死にここまで来たと言うのに。
長く苦しい道のりが走馬燈のように駆けめぐりはしないが、下っ腹が痛い。
しかし、希望と電源を落とすほど、まだ落ちぶれちゃいないぜ。
一人でも俺は闘う。そして晩飯のあとで朝まで再チャレンジだ。
だがその前に、まずトイレに行こう。
* * *
下っ腹も心もスッキリして戻ってきた俺は、ついに魔王に話しかけた。
「勇者よ、よくここまで来た。褒めてやろう」
重々しいBGMとともに画面が地獄の業火につつまれ、魔王がビジュアル系の筋肉質な龍に姿を変える。ついに最後の戦闘がはじまったのだ。
いまの俺に出来ることは、この勇者の剣で闘うことだけだ。
勇者の攻撃。――無効。どひゃー。魔王の攻撃。ダメージ5000。
勇者の攻撃。――無効。ぐぼはー。魔王の攻撃。ダメージ8000。
勇者は身を守った。だが何も起こらなかった。ぐぁちょーん。
魔王の連続攻撃。ダメージ9000✕9。たぁあーすけてー。
ムリっ! ライフがあと0.3しかない。なんだ、この小数点。
そのとき画面がいきなりムービーモードに変わった。
「さあ、辞世の句を詠むがいい!」
――え?
「紙とペンはあるか」
いきなり選択肢が出た。< はい。 いいえ。>
おれは慌てて『はい』を選んだ。
「よし。いまのこの気持ちを俳句に詠んでみろ!」
――そのための紙とペン?
「季語を忘れるなよ」
――なんで勇者が俳句を詠むんだ。
しかしこうなった以上詠むしかあるまい。
これでも俺は「プレバト! 俳句査定」を毎回録画して見ているんだ。
俺はアイテムから紙を選んで「使う」にしてみた。
すると画面では勇者が短冊を持って遠い目をしている。
次にペンを選んで「使う」にしてみた。
画面では勇者が小筆を握りしめている。
いつの間にかBGMが、琴のあでやかな音色にかわっている。
さらに画面に五十音表が出た。カーソルで文字を選ぶらしい。
「さあ来い! 勇者よ!」
俺は呼吸を整えて、一句詠んだ。
「そびえ立つ 魔王の塔の霞かな」
最終戦に挑む、心細い心情を春霞にたくしてみた。
ピロロロンロン♪ ライフが30増えた。なんでだ。
「うむ。霞が春の季語だな。美しい」
魔王が子細顔でうなずいている。
「なかなかやるな。しかしこれでは辞世の句とは言えないぞ。もう一句詠め」
どういうゲームだ、これ。はやく終わりたいぞ。
俺はもう一句詠んだ。
「風光る 野にメロディーがえんどれす」
ゲームのBGMが耳について離れないという、切ない気持ちを詠んでみた。
デッデレレレ~ン♪ ライフが15減った。なぜよ。
「風光るを季語に選んだか。だがゲームをしたことのない人間には伝わらないな」
魔王が苦笑いしている。マジでむかつく。
「これが最後のチャンスだ。真剣に詠め!」
俺は頭を床に打ちつけて俳句をひねりだした。
「幾度でも君に
ピロロロンロン♪ ライフが70増えた。評価基準がわからん。
「実にいい句だ。復活祭は春の季語。何度負けても、また倒しに来るぞという、勇者の熱い気概が伝わってくる。才能ありの席へどうぞ」
そのときだった。画面の下に突然、選択肢が出た。
『いま魔王はめちゃめちゃ油断しています。勇者の剣ではりたおしますか?』
< はい。 いいえ。 様子を見る。>
俺はためたわず『はい』を選んだ。
『会心の一撃!』
「ぐふうっ!!!」
魔王の塔が崩れてゆく。
『勇者は魔王を倒した!』
懐かしい場面がフラッシュバックする。勝利を祝福するテーマ曲が流れはじめた。
俺はラスボスに勝ったんだ。屍だった仲間が俺を囲んでいる。
やったぜ! ゲームクリア!
……ところで。
このゲームのエンディングはこれで本っ当に正解なのか。誰か教えてください。
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