ふくろうのお守り <ミステリー>

ふくろうのお守り

 そうですよ。おまわりさん。


 最初にあの子から電話が掛かってきたのは、今朝の9時頃でした。

 「おばあちゃん? 俺だけど」って。慌てた声でしたよ。


 いいえ。あれは間違いなく、まーくん、孫のマモルの声でした。

 ほんとうですよ。わたしゃ、目は遠くなりましたけどね、耳はいいんですから。


 そうなんです。「集金したカバンを電車に忘れて来た」って言うんですよ。

「おばあちゃん、どうしよう。俺、クビになっちゃう」って泣いてね。

 三十六にもなって。かわいそうに。


 だからね、あたしゃ言ったんですよ。「ばあちゃんなんかに電話してるヒマがあったら、早く警察に届けなさい」ってね。そうでしょ、おまわりさん?

 そしたら「うん。そうするよ」って、電話が切れかけたんです。

 それでね「ちょっと、お待ち。まーくん。アンタ、ばあちゃんの上げたお守りはまだ持ってるかい」って訊いたんです。そしたら「うん、持ってるよ」って言うから、「ああ、それなら大丈夫。神様が守ってくれるよ」って言ってやったんですよ。


 え? お守りですか?

 フクロウですよ。縮緬ちりめんで縫った可愛いフクロウよ。

 おまわりさん、知らないんですか? 不苦労、苦労知らずって意味でね。

 昔、縁日で買ってやったのを、あの子は今でも大事に持っててくれるんですよ。

 マモルはそういう子なんですよ。


 それから1時間くらいして、また電話があって。

 そうなの。カバンが見つかったって言うんですよ。

 ああ、良かったねえって喜んでましたらね。今度は、終点まで受け取りに行かなきゃならなくて、会社にはお昼までに入金しないといけないのに時間がないから、おばあちゃん、明日には返すから貸してくれないかって、こう言うの。


「いくら?」って訊いたら「七百万」ですって。びっくりしましたよ。

 でも仕方ないから「いいわよ。でも家にはそんな大金置いてないから、銀行に行ってくるから待ってなさい」って言ったらね。「銀行から俺の口座に振り込んでくれる?」なんて言うもんだから。「とんでもない。ばあちゃんにそんなことできるわけない」って言ったんですよ。機械にはとんと弱いもんでね。


 そしたら今度は「取りにくる」っていうんですよ。


 でも考えたら、まーくんにはもう二十年も会ってないから、会っても分からないかも知れないんですよ。それでね「まーくん、おばあちゃんの上げたお守り持っておいで。そしたら、まーくんだって分かるからね」って言ったのよ。


 だからね、おまわりさん。この子はまーくんじゃないの。

 ふくろうのお守り、持ってないもの。あたしがこの子のお棺に入れてやったのに。


 うちのマモルは二十年前に交通事故で亡くなりました。


 でもね、もしかしたらって、思ったんですよ。

 まーくんが十六歳で死んじゃったなんて、何年経っても信じられなくて。

 何かの間違いじゃないか、どこかで生きてるんじゃないかって、今日まで、ずっとずっと思ってたんですよ。


 この子の声は、ほんとうにまーくんにそっくり。


 ふくろうのお守りなんて効きやしない。

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