9 中の人などいない。いないったらいない。

 バーチャルNewWaverへの言及でよく言われることがある。

 それは、リアルの芸能人やアイドルと違ってスキャンダルがない、ということだ。バーチャルな存在ならリアルアイドルのように彼氏とお泊まり、だとかといったことを聞くことがない。だから『VWaver』は素晴らしいんだ、というような持ち上げられ方をされるのだ。

 現実にはまったくそんなことはなく、彼氏がどうとか、結婚してただとか離婚してたとかで激しく燃えるんだが! 

 まったく、ほんとくだらない。


 バーチャルNewWaverは現実から解放された高次の存在。

 『中の人』──『魂』という言い方をする──なんてものはいません。

 「推し」との可能性なんて、感じないでしかるべきだ。

 ……なんて、原理主義者みたいな烙印を押されそうだけどね。

 

 そんな僕が「推し」ているバーチャルシンガーの名前は神仙寺ソレア。

 経歴・年齢がすべて謎。

 バーチャルネット界に彗星のごとく現れた彼女は、僕が知った時はチャンネルの登録者数もせいぜい100人前後だったけど、今やチャンネル登録者100万人、SNS『GLOS』のフォロワーは120万人を超える。正真正銘のネットの歌姫だ。


 そんな雲の上のような存在が……僕のことを見てくれた……!?

 その事実だけで、その日の授業は完全にうわの空だった。


 だけど、放課後。さらなる展開が僕を待ち受けていた。

 突如として僕のアカウントにダイレクトメッセージが届く。

 その差出人で心臓飛び出そうになる。



 し、しししし神仙寺…そ、ソレア……さん……!?!?!?!?!?



 な、なんで……!? あっNewWaveとGLOSのアカウント連携しちゃってたか~~~~~……そうだ、アレ個人用なんだった……

 もしかして、お叱りのメッセージ……!? 

と、元々陰の者だけに、ネガティブなほうにばかり考えてしまう。

 動揺してはいけないぞ天田裕、ここは学校だ。なんとしても周囲に悟られてはならない。部員以外からの身バレだけは、断固阻止しなければならないのだ。

 なるべく平静を装いつつ、おそるおそるメッセージを確認する。


 生まれてはじめてスパムやアカウント登録と課金の確認以外から受け取ったSNSのメッセージ。そこにはこう綴られていた。

 

 ──突然のメッセージですまない。神仙寺ソレア本人だ。まずは私の曲の『歌ってみた』、とても嬉しい。投稿ありがたく思う。

 普段は女性にしかカバーされないから、このような形のものは新鮮に感じた。

 とってもアドラブルだ。

 だが、プライバシーに気をつけたほうがいい。最近はだいぶ活動時身分を明かす者も増えてきたが、現役高校生と自ら名乗ってしまうのはさすがに危険がともなう。 

 ここまで拡散されてしまったら手遅れかもしれないが……

 ネットではちょっとしたことで本人特定につながってしまう。

 これからもバーチャルNewWaverとして活動するのならば……いや、そうでなくとも、どうかそれだけは気をつけてほしい。

 個人的にはもっとキミの動画を見てみたい。これからの活動、楽しみにしている。キミさえよければ、これを期に仲良くしてくれると嬉しい──



 ──!?!?!?!?!?!?



 ひと目の付かないところに移動した。

 そうじゃないと、色々表情やらに出てしまってるであろうのを隠しきれないと思ったからだ。



 「推し」とつながり、あまつさえ付き合う可能性なんて、感じるべきじゃない。

 ずっとそう思い続けてきたし、今でもそれは変わらない。

 だからこそ、「推し」に認知されたことが内心嬉しくて嬉しくてたまらないはずなのに、心の奥になにかがつかえたような違和感に襲われる。

 彼女は感謝の言葉を伝えてくれただけでなく僕の身を案じてくれている。

 なんていい人なんだ。ますます「推し」たくなる。


 そこにそういった感情なんてない。そんなことはわかってる。

 わかってる……はずなのに。


 僕の中のオトコの部分が、ちょっとでも期待しちゃってるのだ。


 ……現金なヤツだ。ますます嫌いになる、自分が。

 お前は「推し」とつながる、そんなことのために『アドラブル』化したんじゃないだろう……!?

 

 頬を思いっきり叩いた。

 僕は天田裕であって、たまたまバズってしまった現役学生バーチャルNewWaver・TenYuではない。『中の人』なんて、いないんだ。


 

 ……とはいえ、まったく返信しないなんて失礼だよな……

 どうしよう……どうしよう……

 まったく外部の女の人とこういうやり取りしたことないよ……あ、部員の人たちは例外として。


 

 ……いや。待てよ?

 そもそもソレアさんが女の人なんて誰が決めた?

 見た目こそ完全に美少女のアバターだけど。声も紛れもなく女性のものだけど。

 それだけで女性と決めつけるのは先入観だ。多様性の否定だ。

 僕みたいな『アドラブルおじさん』かもしれないじゃないか。

 いや、そうだ。絶対そう。そういうことにしておこう。

 ソレアさんはかわいいおじさん。VWaverなんてみんなおじさん。


 

 ……うん。それでも推せるな(錯乱)



 そういうことなら──はじめから同性として接していれば、なんの緊張感も抱かずに済むじゃないか。



 よし。よしよしよしよし。



 自分の中に暗示が聞いているうちに……返信、返信……

 まさかご本人からごあいさついただけると思いませんでした……ありがとうございます……よろしくお願いします……

 心なしかスマホの文字を打つ指がせわしなく、誤字りそうになったことも多かったけども……ふう。タスク達成。我ながらコミュ障にしてはよくやったと思う。


 人知れず一気に注目されたことと推しからの認知。

 これだけで大変な一日だというのに、ここから向かった部活ではさらなる騒ぎに巻き込まれることとなったのだった。

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