8 ◯◯るなんて永遠に他人事だと思っていた。
里藤先輩にせっつかれてチャンネルを開設して、動画をひとつ投稿した。
だけど3日経ったけど、再生数はたった3。僕たちしか視聴していないのがモロバレの数値だった。
――やっぱり、そう簡単に思い通りにはいかないか。
溜め息のひとつでも出るというもの。
内容は軽い挨拶と、『ウラモイ』のアカペラだ。
これは、里藤先輩の発案だった。
「ねぇねぇ天田が口ずさんでたやつ。あれ歌ってみてよ、ガチ恋チューニングでさ」
最初浮かんだのは、そんなバチ当たりな、という率直な思いだった。
――カラオケで歌う曲は男の人の曲だけ。
部活動のない日には部員たちとカラオケに行くこともあるのだけど。
「天田さあ、いつも女の人の曲ばっか聴いてんじゃん。なのにカラオケだと全然歌わないの、なんで?」
例によって里藤先輩にだけど、こう聞かれたことがある。
歌ったことあるよ、僕だって。誰も見ていないところでね。
でも、ダメなんだ。
恥ずかしくていたたまれなくて。どうしても、歌えないんだ。
口ずさむ程度なら誤魔化しもきく。
だけど、お腹を凹ませたりしてガチで歌うことは決してできない。僕が女性の曲を歌おうとしてしまうと、とんでもなく調子を崩してしまうのだ。
高い声を出そうとしたって女の人のようにはいかないし、第一そんな声聴いたら「うわー気持ち悪い」って言われやしないか、って怖かった。
僕は女の人の歌を歌っちゃいけないんだ。
気づけばそのように、自分に呪いをかけるようになっていた。
でも、僕だって、美少女になりたい。
女の人のような澄んだ声で。腹の底からめいっぱい、歌いきりたい。
僕も、ソレアさんみたいに歌えたら――
奥底に封じ込めた思いは、ふと遊びで自分の声をミキサーでいじって遊んでた時にたまたまちょうどよい『ガチ恋』ボイスを見つけてしまったことで、開いてしまったのだった。
とはいえ――数字は正直だ。
そんなのはしょせん誰も望んでいなかったというのがよくわかった。
……よそう。
自分のチャンネル画面をえんえんと更新したって、数字が変わるわけもない。
むなしいだけだから。
休憩時間の終わりを告げるチャイム。僕はスマホカバーを閉じ、カバンに戻した。
そして昼休み。放送部に向かう途中の廊下で。
「天田天田ぁ! 大変だよー!」
……大変なのは場所を選ばず僕に後ろから体当たりしてくる里藤先輩だよ。
少しは周りの目を気にしてくれ……もう慣れたけども。
はいはい。なんですかなんですか。少しはそのちんちくりんな背が伸びましたか。
「ちょっとこれ。見てよ」
スマホをかざして画面を指差す。
どうせ大したことじゃないだろう、と思って目を凝らしたら。
再生数……いち、まん……!!???
目がマンガみたいに飛び出るかと思ったよ。
いったいどこの上位存在だよ……
って僕かァ!
「ね? この伸びは明らかにおかしいでしょ?」
本当に信じられない事態が起きていた。
ウソだろ、4時間目開始前にはたった……
あわててスマホを取り、自分のアカウントを確認する。
画面を更新するたびに加速度的に再生数が伸びていく。
自分の動画じゃないみたいだ……どうなってるんだ……!?
誰かに紹介されたとか、か……!?
もしかしたらソーシャルメディアで多く拡散、いわゆる『バズる』という現象が起こっているのかもしれない。
ということでソーシャルメディア『GLOS』で検索してみる。
まさかこんな形で人生初の『エゴサ』をすることになろうとは……
結果、VWaverに通じていると思われるいちユーザーが、
「信じられるか、これ、現役の男子高校生なんだぜ……」
とコメントを入れている動画埋め込み投稿が『バズって』いることが判明した。
男性が美少女のガワを手に入れて美少女として振る舞う、いわゆる『アドラブルおじさん』がこの数ヶ月ですっかりメジャーな存在となっていたので、あえて『中身』が男であることを隠すこともないだろう、と思ってそうチャンネル画面にも書いたんだけど……
その投稿にぶらさがっている返信チャットを見るかぎり、『現役男子高校生』というのがある種の殺し文句――パワーワードとなって拡散されているらしい。
次から次へと同じ投稿が流れてくる。
ああ、すごいね。大人気だね。これ誰なのかな?
ここまでくるとまるで他人事じみてくる。
驚くべき展開はこれだけにとどまらなかった。
僕の目に飛び込んできたのは、以下のような文字列。
”神仙寺ソレアがエデュケート※”……!?
※『GLOS』上の投稿を多くの人に見てもらうために拡散する行為
えっ、えっ……!?
思わず前のめりでスマホを凝視してしまった。
「あの」ソレアさんが僕のことを見たってこと……!?
嬉しさよりも戸惑いしかなかった。
いつか一度くらいお返事が貰えればいいなあ、くらいにしか考えてなかったのに。いきなり何の準備もなしに天保山からエベレストの山頂に連れて来られたような心境に襲われる。
まさか――!
やっぱりだ。僕のチャンネル登録者一覧にとてもよく見覚えのあるアイコンが!
わずか一時間のあいだに投稿した動画が爆伸びして、あまつさえ僕がいちばん好きなVWaverにまで届いて、チャンネル登録までしてもらえるなんて……
こんなことって、こんなことって、ある……!?
「お昼の放送です。本日のリクエストは――」
「あっ、もうお昼の放送はじまってる! ほら、天田! 早く行くよ!」
「あっ、えっ、ちょ、待っ――」
あやうくスマホを落としそうになる。
まだ状況の整理ができてないまま、僕は里藤先輩に引っ張られて部室へと向かうのだった。
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