3 【悲報】里藤先輩、実はやっていた

 これまでのあらすじ:美少女になりたいと思って練習してたのがバレたうえになんか先輩がやたら気合を出してしまった。


 僕はどうすればいいんだろう……


「お疲れ様です……」


 とりあえず控えめに部室へと入る。


「おっ、天田あまだじゃーん。お疲れっ」


 里藤りとう先輩……この人はいつもと変わらずだ。

 ほかの部員を見渡しても、特段僕を奇異な目で見るような反応はない。


「……ど、どうも……」


 あまりに身構えすぎたのか、イケメン葉崎はざき先輩から不思議そうな顔をされてしまう。


「? どうした? いつもよりなんだかよそよそしいぞ天田君」

「い、いえ……すみません」


 あ、イケメンといっても男ではない。

 女子ばかりが集まりやすい放送部のようなところにはだいたい一人はいる『◯ヅカ枠』というか、主に男性役を担当する人だ。

 普通に僕よりも男性的でイケメン度高いので、一応生物学上は男要因であるはずの僕がかすんでしまっているんだけど、もはや劣等感とか抱くこともない。


「は~いこれで全員揃いましたね。それでは発声練習したいと思います~」


 春日野かすがの部長の、これまたいつものほんわかした指示で今日の部活動が何事もなくはじまったのだった。


 ……ひょっとして、里藤先輩、みんなに昨日のことを話してはいない? 

 結局、何事もなく部活動が終わった。


 鍵を閉めるところまではいつも部長がする。

 そこから鍵を事務室へ持っていく人を決めるのだけど……


「お疲れ様です~。じゃあ鍵は……今日も天田くんでいいのかな? なんだかいつも悪い気がするんだけど……」


「いえ、気にしないでください、部長」


 とりあえず今日も鍵を受け取ることにした。

 実のところ、しばらくあの放課後の秘密は封印することにしたのだけど、いきなり受け取らなくなるのも変かな……? と思ってのことだった。


 しばらくやらなければ里藤先輩も忘れてくれるだろう……


「そう? じゃあ……お願いね」

「はい。お疲れ様です」

「お疲れ~天田、またな~」 


 里藤先輩とも下校の挨拶。よかった……何もなかった。

 まだ夕焼けは出ている。思えば暗くなる前に帰るのは久しぶりかもしれない。少し残念だけど、まあいい気分転換にはなるか……



「君も見てるだろうか~……この綺麗な月を~……」


 VWaverのソレアさんがきっかけで知った『ウラモイ』を口ずさむ。


 ……いや月は出てないけどね。


 僕も女の子みたいな声で歌えたら……

 と思いながら自分の自転車にまたがろう……としたところだった。



「ちょ、なんで普通に帰ろうとしてんだよ天田ァ!」



 げぇっ里藤先輩! 

 ……無視。聞こえなかったフリ。


「おーい、待て待て! 待てって! ……待てって、言ってんだろ!」


 先輩も全速力で自転車で追ってくる。

 こんなことで大人気なく全力疾走して事故りたくもない。

 観念してブレーキを踏み立ち止まる。


「はぁ、はぁ……なんだよー……逃げることないじゃんか」

「す、すみません」


「今日は……女の子にならないのかよ」


 心底残念だという表情で僕に尋ねてくるが……

 女の子にならないのかよ、って……パワーワードみが溢れるな……


「心配しなくても先輩たちにはなんも言ってないよ。アレはお前と……あたしだけの秘密だ。だから、な?」


「絶対なんか企んでるでしょ……」 


「そ、そんなことないよ。あたしは天田の悩みを解決したくてだな……」


 目が泳いでる。この人本当に嘘がつけないんだな……


「天田だって本当は今日も残りたかったんだろ?」

「そ、それはそうですけど……」


 僕の態度が煮え切らないのに少しイラだったのちに、覚悟を決めたような緊張した面持ちになった。


「ああもう……わかったよ。天田だけ恥ずかしい思いしてるんじゃ不公平だもんな……あたしも秘密を言うよ。あたしの、恥ずかしい秘密」


「へ!? い、いや、そんなのいいですって」



「実はあたし、やってるんだよ……」



 ……は? やってるって、何をですかァ!?

 い、いけませんよ、コンプラ違反はいけませんよォ……!

 きわめて健全な学園生活なんですからァ!


「ぶ、ぶい……er……」


 消え入りそうなほど小さな声。よく聞き取れなかった。


「え? なんて言いました?」


 思わず難聴系主人公みたいな反応をしてしまった。

 先輩はうつむいたままスマホを取り出し素早く操作し、ずいっと僕の目の前に画面をかざす。


 映っていたのは無料3Dアバター制作ソフトで作ったと思われる『紫峰しほうすもも』なるキャラクターのチャンネル画面だった。

 登録者数は……2桁。


「VWaver! ……恥ずかしいから何度も言わせないでよ」


 先輩の見せる珍しい表情。


 僕にあの世界を教えてくれたのはこの人だった。

 とはいえまさか、先輩がまさかVWaverをただ見る側じゃなくて、演じている側――いわゆる『中の人』――だとは。


 でも率直なところそれよりも、毎日僕に抱きついては身体を押し付けてるクセに妙なところで恥ずかしがるんだな……と思わずにはいられなかった。

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