Be an electroNiC Singer!!

コミナトケイ

Ⅰ 天田裕は男の子だけどネット上では美少女です。

ⅰ 容疑者は「最初はただの出来心だったの」などと供述しており

1 放送部員・天田裕のひそかな時間

 紀見星きみぼし学園1年天田あまだゆう。僕には秘密がある。


 午後6時。僕以外、誰もいない放送室。

 みんなが帰ったところを見計らってひそかに独り部室に戻るこの時間が、僕がいちばん僕らしくいられる時間かもしれない。


 部員5名で男子が僕ひとり。ハーレムじゃんって羨ましがられることもあるけど、そんなにいいもんじゃないからな……!


 ああ落ち着く。

 静かなる時も堂々とたたずむ機材たち。

 案外こういう時じゃないとまじまじと見ることもあんまりない。

 何年使っているのだろうというやや年季も感じさせるミキサーにアンプ、幾重にも積まれた録音機材、その上に控えめにちょこんと載るエフェクター。それらをつなぐ、無数に張り巡らされた配線たち。


 これらの設備が放送部というだけで使いたい放題なのだ。

 これほどすごいことはない。



 ……はぁ。好き。

 はっ、推しの尊いところを見た時の女子みたいな反応をしてしまった。


 限界オタクに浸っている場合じゃない。

 もうとっくに撤収時間は過ぎている。先生たちに迷惑をかけるわけにはいかない。非常に限られた時間でミッションを遂行しなくてはならないのだ。



 よし……調整はバッチリ。

 あとは部室の半分である録音室へと移動して扉を閉めて……と。

 マイクの前に立つ。


 誰も見ている人はいないはずなのに、緊張する。

 すうう、と深呼吸。


 なるべくマイクに干渉しないよう、慎重に手のひらをひっくり返し、自分で自分に「はじめ」の指示キューを出す。



「こんばんはー☆ かわいさマジで神佑しんゆう天佑てんゆう、バーチャルロリ神・TenYUテンユウですっ!」


 それが、僕の第2の名前だった。



 ……ふぅ。短時間だとセリフひとつふたつ試すのが精一杯だ。

 音響機器と向き合い、変換された声を確認する。



 ――うん。僕の声かわいい! 僕かわいい! オウイエ!

 

 僕は性別という概念を超えた新しい自分の声帯を手にしようとしていた。

 最近、主に美少女キャラのアバターで動画の投稿やライブ配信をおこなう『バーチャルNewニューWaver《ウェーバー》』という存在が毎日オタク世界を賑わせている。


 その中で現れたのは、バーチャル美少女として新たな身体を『受肉』して男性だけど美少女のアバターで配信、女性よりもはるかにかわいい所作ムーブを使いこなすおじさん、『かわいいアドラブルおじさん』と呼ばれている人たちだった。


 声変わりのあと心の底では女性の声をひたすらに羨ましく思っていた僕にとってそれは、ほんとうにきらびやかな世界。彼らの存在は僕にとって福音をもたらしてくれたかのようだった。


 僕だって、美少女になりたい。

 衝動は抑えられなかった。


 いつしか僕はこうして独り、ミキサーとエフェクターを駆使して、僕の声がかわいくなるよう日々探求を続けるようになったのだ。



 ……わざわざこのために、やってもいないのに自分が動画投稿サイトで活動しているという設定までこしらえたのだから、僕の妄想力はどうかしていると思う。


 僕の思い描く理想の声は、オトコノコである僕が思わず『ガチ恋』してしまいそうになってしまいそうなほど、ほぼ完成に近付こうとしていた。

 よし、とりあえず今のデータを保存して……



「忘れ物ぉーっ! おっ開いてるじゃーん!! って天田ッ!?」



 ――!?



 バアーンと勢いよくドアが開いたものだから校舎に凄まじく鳴り響く。

 このやかましさ全開なのは……里藤りとう先輩……


 忘れ物を取りに来る、とかよくよく考えればこういうケースも想像できただろうに、完全に油断していた。


「ほほ~ん……?」


 すぐ近くまで先輩が詰め寄ってくる。

 階段を急いで上がってきたのか、肩で大きく息をしていた。


「……あんた最近やけに部室の鍵かけて帰る係を率先してやりたがってると思ったら、なるほどね。女の私たちに隠れてこんなことをしてたわけだ?」

「うっ……」


 よりにもよってお調子者の里藤先輩に……!

 これ明日から絶対部活内でネタにされるやつじゃん……

 終わった……僕の放送部生活……



 天田裕先生の次回作にご期待ください――

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