4 中に誰もいない、はずだった
僕はいわゆる『中の人』に興味がない。
いや正確には「興味を持とうとしてはいけない」といった抑制に近いか。
この声優さんの声が好き、とかはよくある。
ソレアさんとか、バーチャルNewWaverでも推しは当然あるわけだし。
でも、『中の人』がオフで何をしているかとか、どんな顔をしているか、誰と仲が良くて誰と付き合ってるか、といったプライベートなことまで知ろうとは思わない。
キャラクターを吹き込んでくれてさえいればそれでいいのであって。
ファンも『中の人』もそれ以上踏み込んではいけない。
それが、VWaverと呼ばれる人たちとの暗黙の了解だった。
少なくとも、今までは。
だけど、ふとしたきっかけで、僕は知ってしまった。
なんの因果か僕は『中の人』と接することになった。
でもまさか、こんな近くにいるとは……
二人きりの放送室。
いま僕はその『中の人』と秘密を共有している。
「……びっくりしたでしょ」
「え、う、うん」
「笑っちゃうでしょ、底辺すぎてさ」
「そ、そんなこと」
「……いいんだ。わかってるから。フォロワー数10万、チャンネル登録者数20万、最初の動画再生数は100万再生……そんな
殿上人……ソレアさんのことだ。
数字を気にしだしたら病んでしまう、というのはあの界隈をのぞいてるとよく目にする言葉だけれど。確かに上の人を見たら果てしなさ過ぎて挫折してしまいそう。
「チャンネル登録してくれる人がいるって時点でその人達の心を動かしたんだからすごいと思う……それに、先輩は踏み出してるじゃないですか。大多数の人は自分をさらけ出すことが怖くて、スタートさえできないんですよ」
慰めとか同情じゃなく、本心でそう思う。
……そう、その『大多数の人』っていうのは、憧れだけで終わってしまっている、ほかならぬ僕だから。
ち、近いって、先輩……
「
いててて、頬をつねらないで……
先輩に、いつもの元気さが戻っていた。
「天田の喋ってるところ見たい。あたしがキューふるから、収録しようよ」
「だ、誰かに見られながらは恥ずかしいですね……」
「天田って基本あたし達の収録する側だもんね」
そうなのだ。
発声練習に一応加わってアメンボ赤いなあいうえお……とか言ってはいるし、男役がどうしても必要なところではたまーに出たりはするんだけど、基本的に裏方仕事。メインはイケメン葉崎先輩がこなしてくれるしね。
アクターの陰から支えるポジション。
僕にはそっちのほうが似合ってるから――と、知らぬうちに自分にブレーキをかけてしまっていたけれど。
「リスナーのみんなー! 今日もやってきたよ、かわいさ
僕は、知ってしまった。
違う自分を演じることの気持ちよさを。
今日は下校後、ここには来ないつもりだった。
でも、今なら確信が持てる。
先輩があの時止めていなくとも、僕はもう、自分の気持ちにウソをつくことはできなかった、と。
収録を終え、僕が『ガチ恋』仕様のチューニングをして仕上げる。
それを「おおー」だの「すげー」だの、逐一驚く里藤先輩。
コロコロと移り変わる表情の豊かさは、見ていて飽きがこない。
そんな先輩は、ミキサーのつまみに手を置く僕の指を眺めながら誘いかけてくるのだった。
「……いいじゃん。天田、本気であたしとやらない?」
「……え?」
一瞬本気で固まってしまったが、すぐに「ああ、VWaverのことね」と冷静に思い至る。
なんでこの人はいちいちアブない方に取れるふうに……
こんなセリフ、ほかの先輩にでも聞かれたら誤解しかされな――
――ドサッ。
後方で、何かが床に落ちる音。
ま、まさか……
振り向いた先には、開いた扉と、無造作に床に転がるカバンと。
「せ、瀬戸先輩……!?」
先輩女子部員の一人、
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