第26話 冬が終われば春が来る
温かな風が南のほうから流れてきて冬の終わりがやってきた。
小さな窓から見る銀世界も、温かな日差しのおかげであっという間に終わりを迎え、さびしい気持ちになっていた。
代わりに春の訪れを喜ぶかのように、後宮の草木は芽吹いていった。庭の散歩も再開したのだけれど、こんな時になっても必要のなくなった薬草を摘んでしまっていたのでしみついた習慣ってやつはと……笑ってしまった。
相変わらず後宮には王のお越しはない。
それは琳明の宮だけの話ではない。本当は玲真が王なのだから、仮である王に他の女と子を作らせるわけにはいかないから当然なのだけど。
子をなせないではなく、子をなそうとしない王への不満が後宮で高まっていた。妃達の不満もあたられた下女が漏らしているのを何度も耳にした。
そして、噂の範囲だがいくら政に長けていても、世継ぎが残せないのではという声が上がりだしているのだと思う。
祖父の手紙からも、やんわりと民が世継ぎが産まれることを望んでいるなどといった言葉が書かれていたくらいだから不満はかなり高まっているのだと思う。
「琳明様一大事にございます」
久しぶりに息を切らせて文を握り香鈴が琳明の宮へと飛び込んできた。
「香鈴、駄目じゃないそんな風に宮に飛び込んできたら。失礼よ」
一体何の知らせだか息を切らせてきた香鈴を小蘭が窘めた。
「一体何事ですか?」
「近々大きな宴が後宮で開かれるそうです。後宮のすべての妃が参加する大規模な物です。後宮へ王があまり足を向けてくださらないのでテコいれだと思うのですが。一大事です」
まるで、王さえ来れば琳明にも機会があるかもしれませんよという口ぶりで香鈴は興奮気味に話す。
「まぁ、そんな大きな宴が開かれることなんかあるのね」
「後宮に来て4年ですが、このようなこと初めてにございます。すべての妃は一度は王にご挨拶することになるでしょうし。これを期に王の目に止まる妃がでるかもしれません。」
花々が春を喜ぶかのように咲き誇ってきたころ、王のお越しが一向にない後宮になんとかテコをいれようとのつもりなのだろう。
王を呼んで、妃もすべて呼びだしての大きな花見というなの王に妃達を見せる宴が開かれることとなった。末端とはいえ妃の一人である琳明にも招待がされ毎日のごちそうよりもさらにすごいごちそうを食べることができるそうだ。
女官たちも気合いが入っていた、しぶしぶかもしれないが王が後宮に来られるのだ。選りすぐりの美女を主にもつ女官はこれをきっかけに自分の主が王の目に止まりお手つきになればとそわそわしているようだった。
下女たちも準備は大変になるが、普段よりも豪華な料理にありつけるのは下女も同じ。妃が王のお手つきになり位が上がれば、今下女の自分達にも新しい女官としての仕事がくるかもしれないのだ。
その知らせはきっと、香鈴のように女官は嬉々として妃に告げにいったのだろう。後宮全体が王がお越しになることで色めきだった。
下女が慌ただしく大きな宴会の準備をしていた。長時間日の下に出る妃が日に焼けてはいけないだろうと大きな帆が張られ、少しずつ後宮で大きな宴が開かれるのだという実感がわいてきた。
普段使いの銀食器とは別の飾りが施された見るからに高そうな銀食器を下女達が必死に磨く、宦官は高価な銀食器の数が減らないか見張っているようだった。
琳明がもっている祖父からもらった物とは大違いの見事な銀細工の食器に思わず目が止まってしまった。
「きれいな食器ね」
皆準備に忙しいのは解っている、琳明付きの女官だって当日の琳明の衣はどうするか、衣に合う髪飾りがないから他の妃と琳明の持っている飾りを当日変えてもらえないかの交渉で走り回っているのだから。
そのため暇な琳明は準備に慌ただしくしている様子を眺めていたのだけれど。あまりに見事なできの飾りに声をかけてしまったのだ。
銀は毒などつけなくても、おいておくだけで手入れをしなければ黒く変色してしまうものだから、細かい飾りが施されているものは手入れが面倒だからあまり作られない。
さすが後宮である。
「当日の料理を楽しみにしてくださいませ」
琳明が話しかけた下女は短くそう答えて、細かな外側の細工を磨き上げる。
磨き上げている銀食器をみて琳明は何か違和感を覚えるがそれが何かわからない。
他の食器を磨き上げている下女の傍に行き、微妙に細工の違う食器を眺める。これも見事な装飾が外側に施されており、小さな溝もきちんと磨きあげようと下女がせっせと布で磨きあげる。
見事な銀食器だと目が間違いなく止まったのに、なんだろうこの違和感は……。ここ数カ月実に投げやりに過ごしていた琳明がなんとなくこれまでの勘が違和感を訴える。でもその違和感の正体がわからない。
いつもこんな時は気が付けなかったら大変なことになった。
下女達が磨き上げる一級品の銀細工の食器にすべてに感じる違和感が何なのか琳明は悶々としたまま宮へと戻った。
何かが引っかかる、でも後宮での厄介事には首をつっこまないと決めた。碌なことにならない。
それでも琳明の中の何かが知っているものと違うと訴える。
琳明の発言権などこの後宮では実に低い。玲真に何か言えば調べてくれるかもしれないが、今さら彼に何か言うのもと前回はめられたことが琳明を止める。
違和感がありながらも宴の準備はできてくるし、時間が流れる。
違和感の正体に結局がわからないまま、とうとう宴の日当日を迎えてしまった。この日は朝からいつもとは違った。大量の食材をもって、大店がこぞって後宮へとやってきたのだ。発注を受けたというのもあるが、国中から集められた美女がそろったのを見る機会などめったにないと孫卓は熱弁していたから、きっとそういうことなのだろう。
琳明が持っている中で一番いい絹地の衣に袖を通し、髪も前日たっぷりの香油で手入れされたものを櫛で丁寧に梳かされ結われる。
琳明には不相応の鼈甲の簪と玉のついた簪が頭に添えられ、化粧だっていつもよりもずっと気合いが入っているのがわかる。
入場は位の低い妃からだ。琳明は誰よりも先に身支度を追えると、宴会場へと女官たちに案内された。
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