第20話 玲真の思惑

 苦労したのは事実だが、いつまでもそれを琳明が認めずにいることのほうがずっと玲真に振り回されていることになる。琳明は深呼吸をすると到底すんなりとなっとくできることではないが、玲真に嵌められたかもしれない事実を受け入れ、玲真が妃である琳明を市井へと出した本当の思惑について考える。


 玲真は琳明と出会うかなり前からおそらく毒を盛られていることに気づいてすでに動き出していたのだろう。祖父に聞けばすぐにわかるような毒のことに玲真が本当に今までたどり着けなかったのだろうか?

 彼は王で後宮に身分を偽りどうどうと後宮へ顔をさらし出入りしてもばれないように細工できる人物がいるはずである。


 陶器を麗華は使っていたことを報告したけれど、そんなこと上級妃賓のところを後宮の困りごとを解決するために回っている玲真なら銀食器ではないことにとっくに気が付いていたのではないだろうか。

 鉛のはいったおしろいに、比較的手に入りやすい毒物ヒ素。玲真がもし、毒が何か心当たりがあるうえで琳明を市井にいかせたと仮定するならそれはなぜなのか……。



「私が動くことで、注意を私に向けたかったのでしょうか」

 なんとなく浮かんだことを琳明は口に出す。こうして口にしていくうちにバラバラだったことがまとまったりする。

「そう考えるのが一番いいだろうな。琳明が使われている毒はなにか、どういう経路で後宮に持ち込まれたかを明らかにしてくるとは玲真という男は思っていないだろうし、必ず遂行させたいことであれば、わざわざ後宮にいる妃を市井に出すだなんて危ない橋を渡らずとも、適任者がもっといただろうなぁ。

 たまたまわしが協力することになったが、妃が後宮から逃げ出したなんてことそう何日もごまかせないだろうし、ばれれば一族まとめて処分されてもおかしくないから逃げ出した妃も誰かに助けをもとめて調べてほしいなんてこと普通はできないだろうな」

 ひげをなでつけながら流石歳を重ねているだけあって、冷静に客観的に上游は分析しだした。




 つまり玲真は私と向俊に市井に降りて毒の流れを明らかにさせるためにやったのではなく。

 後宮内で何か起こすことで、敵の目をそらさせたかったのが今回の一番の目的ということだろうか。

 そもそもずさんすぎる二重底での脱出方法を提案してきたことがやっぱりおかしかった。

 琳明に問題の解決を頼むのではなくもし脱出する際にみつかり、出入りの業者の荷物にまぎれて妃が後宮から出ようとしたという事件が起こるだけでも玲真にとってはよかったのではないだろうか。



 もし、琳明がみつかれば、それこそうまく理由を並べて後宮に毒物を持ち込んだ業者がどれかわからずとも、すべての取引をいったん見直しすることにして自分の息のかかった業者に理由もあるしかえることができたかもしれない。

 玲真に見つかったらと聞いたとき、『処分は私がすることになるから、その時にうまくとりなしてやるから心配するな。鞭で何発かもらうくらいですむだろう』といっていたが、これはあくまで口頭で言われたことであって、最初の約束とは違い書面には残してない。

 


 玲真の身分が身分だから琳明は命令されることを疑問に持たなかったけれど。商人同士だったら絶対に口約束などはなかったことにされては困るし、よほど信頼のおける相手としか結ばない。玲真は琳明にとって信頼に足る人物だとは言えない、ただ王であることが真実だったとしても、琳明を最後の最後まで守る保証がない。

 玲真は分がわるくなれば、その約束はしていないからと琳明を見捨てる可能性があったことに今更気がついて琳明は顔が青くなった。




 突如やられた杜撰な計画と思っていたが、脱出の際は琳明と歳が近く武官になったばかりで後ろ盾どころか姓もない切られてもちっとも怖くない向俊。

 琳明にはわざわざ下女の衣を調達してあった。

「向俊。玲真様と何か約束や契約をした?」

 あわてて隣にたたずむ向俊に琳明は聞いた。

「下賜したい妃がいるどうやったら、貴族でもない私でも下賜できるかを聞いて回ったら上官から紹介されたのが玲真様だった」

 頭の中でばらばらになっていた物語がようやくまとまりだす。

 後ろ盾もなく名字もない向俊が武官としてまだ都にいるのか、そこからしてまずおかしかったのだ。

 突出してるならともかく、


 どこからか下賜したい妃がいるという話は玲真に伝わり、向俊は都に残されたのだ。

「それで……」

「下賜したい妃がいるとは面白いと話をきいてくれたのが玲真様で。それなりの身分の方なのだと、何度か会ううちにわかってそれで。妃の一人を1週間だけ市井に降りるのを手伝ってほしいことと脱出方法についての説明を受けた」

「書面は? 何かその約束を書面に書いたの?」

 琳明がそう詰め寄ると向俊は首を横に振った。そりゃそうだ、商人である琳明と違い向俊は書面に約束事を残など思いつきもしなかったのかもしれない。



 琳明の中で疑いがだんだん確信へと変わる。後宮に毒を持ち込んだ犯人を見つけるより怪しいと思わしい出入り業者を一層した方が楽で確実に決まってる。玲真は後宮に毒物を持ちこむ輩がいなくなればいいのであって、持ち込む人物を特定する必要などないのだ。


 玲真の目的は最初から琳明に持ち込まれている毒は何かとか、どこの業者が持ち込んでいるのかを探らせることじゃないし、妃が後宮で失踪したことで後宮内で誰かから目をそらせたい出来事があるわけでもない。

 毒を持ちこんでいる業者がどれか特定せずとも、業者を一掃できばいいのだ。だから、妙齢の男とともに後宮から業者の手引きで妃が後宮から失踪したという業者側が言い逃れのできない事実が欲しいだけなのだ。

 妃は幸いにも下賜姫として召し上げた市井から呼び寄せた町娘と地方からしばらく都に滞在し武官の試験を受けた後ろ盾のない男、二人の関係などがどのような仲だったか理由などあとで何とでもでっちあげできる。

 玲真と取り交わした琳明との約束は成功した暁には下賜姫ではなく普通の妃とするだけで、玲真を手助けしている間の琳明の生存の保障などされてない。

 

「まって、今日はいつなの? 私たちが後宮から出てどれくらいたった?」

「いつって、倒れたのが昨日だから1日と半日ほど」

「向俊、武官の仕事は?」

「玲真様に話を通してくれた上官が融通を……」

 おそらくそちらもグルだろう。向俊が仕事にちょうどこなかった時期と一致させるつもりかもしれない。

「すぐに、仕事にいって、すぐによ。そうね、上官に何を聞かれても昨日は体調が悪くて身寄りもないから連絡の一つもできなくてすみませんで通しなさいいいわね」

「わかった」

 琳明の凄みに向俊は何度もうなずく。孫娘と結婚したらこいつはずっとこんな感じに尻に敷かれていくのだろうなと上游はくすりと笑った。




「こうしちゃいられないわ。すぐに後宮へ戻らなければ……」

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