第34話 神に祈る

 目の前で繰り広げられる試合を琳明は向俊が出る前からハラハラとした気持ちで眺めていた。切られた人をみたことはあるが。怪我をする瞬間など見たことなかった琳明は怖かったがそれでも試合から目が離せなかった。

 武官はもちろん防具を付けているが全身守れるわけではない。ほんの少しでも槍先が身体にかすれば、当然血が出るのだから、気分が悪くなった妃が退出を願い出て場を去って行ったが。琳明は恐ろしいのに、目が離せずその場から動くことも到底できなかった。

 妃の半数以上が退出した中で試合を見つめる琳明のもとに、玲真がやってきたのだ。


「医務官がいるから、怪我をした者が出てもお前は行くなよ」

 はらはらとしている琳明に言われたのは妃としての振る舞いを求められる言葉だった。

「わかっております」

 それに短く答える。

「お前の男は最後まで残れるほどの実力者だったのだな。といっても夏の武の大会は多くの入官してすぐの武官がいるからな。誰と当たるかがうまくいけばここまで勝ち残ったとしてもなんらおかしくはないが」

 なるほど、一年目の武官が多かったのか……、そういえばここでの結果によってどこに配属され働くことになるか決まるのだったわ。

 それにしても槍の動きが早い、見ていてやはり怖い。これが彼が置かれている職場なのか……。

 当然大きな怪我をする前に試合は位の高い武官によって仲裁されるが、それでも槍先が刺さる位置によっては致命傷となるかもしれないと見ていて気持ち悪くなってくる。

「顔が青いぞ」

 玲真に指摘されるほどだから化粧をしていても青く見えるほど私の顔色は良くないのだと思う。治したいから薬師をしているのであって傷つく人が見たいわけではないのだ。

「大丈夫です」

 短く答えて次も向俊のでない試合を見守る。



「女官、妃の顔色が悪い下がらせ「最後までここで見させてください」

 琳明を下げろという玲真に無礼は承知で割って入った。玲真は小さなため息をつくと「倒れる前にさがれよ」とだけ言い残して自分の席へと向かった。



 とうとう向俊の番がやって来た。向かい合い頭を下げ槍をお互いが構える。武官の「始め」の声により向かい合った二人は動き出す。

 対戦相手が一歩踏み込み槍を突き刺した。胴に向かって放たれた一撃を向俊数歩後ろに下がって避ける。避けたことで琳明はほっとする。防具をつけているとはいえ突きをまともに土手っぱらに食らえば骨が折れたかもしれないのだから。

「そんなにあの男が好きか?」

 玲真が言った言葉にさすがに琳明の視線が向俊から隣に立つ玲真に向いた。好きかと問われればその答えは『好き』に決まっているが相手は王であり、妃である琳明は好きなどと口に出せるはずもないのをきっと玲真はわかっていて聞いているのだろう、意地の悪い。

「玲真様は私のことが好きですか?」

 玲真の質問には答えず琳明は質問で返す。本来であれば無礼なことだし、琳明も自分が質問を質問で返す無礼なことをした自覚はある。それでも今この場で玲真に聞かないと後悔すると思って口に出したのだ。

 琳明の瞳が玲真の青い瞳を見つめた。


「私は王である以上、妃は好きな者だけを後宮に残すわけにはいかないし、気に入らない女を後宮に迎え入れることもあるだろう。私はお前のことは面白いと思う。したたかで気の強い性格に腹が立つ時もあるが嫌いではない。だが好いた女ではない。それでも後宮の先を考えると都合のいいお前を堀と高い城壁で囲まれた後宮の中に入れておきたいのだ」

 嘘でも好きだと言わなかった玲真は琳明の性格を考え彼なりに真摯に向き合ってくれたんだのだと思う。

「嘘でも好きだとその美しい顔で私に取り繕うのかと思いました」

「嘘なら後宮で私はずいぶんついたからな。お前はどうして饅頭を売っていたんだ? もとは薬屋だろう」

(向俊の試合をしている今そんなことを聞かなくても)

「祖父と賭けをしたのです。店の跡を継ぐか、店を諦めてよそに嫁ぐかの。私には弟が居りましたので薬師としての腕は劣っていても祖父は男である弟に店を継がせたたほうが安泰と思っていたのでしょうね。弟が自分よりできて努力もする子ならあきらめもついたのに、弟はそうではなかった。だから祖父は商才がないと難癖をつけて私に跡継ぎを何としても諦めさせようとしたのでしょうね13歳の餓鬼に金子10両を渡し商売をしてみろただし、15になったとき銅一枚でも足りなければお前は諦めて嫁に行けと。13歳の餓鬼から薬を買う者はおりませんし、ですから私は得意の饅頭で勝負したのです。人の顔色をみてその人に足りないものを補った饅頭を売りつけ見事賭けは私の勝ちだったのですが、今ここにいるのだから何が起こるかわからないものです」

 そういって琳明は下を向いた。そう、はじまりは祖父とした賭けだった。あの賭けさえなければ琳明は饅頭を売ることもなかったし、饅頭を売らなければ下賜姫として後宮に入ることもなかっただろう。


「賭けをしよう」

「王と賭けでございますか?」

「試合は私たちが話している間に終盤だ。動きの切れも悪くなってきている、じきに勝敗は決まるだろう。向俊が負ければお前はすべての不満をのみ込み後宮で私が望むようにいろ」

「向俊が勝てば?」

「お前をあいつに下賜させよう」

 断る選択肢など元から琳明にはなかった。

「わかりました」

 琳明がそう返事をすると玲真が琳明の隣に腰を下ろした。



 改めて試合を観てみると、向俊はよく攻撃をよけていると思う。もしかしたらを願い神へと祈った。

 そんな琳明をみて玲真は琳明に言う。試合の決着など着いていないのに。

「この試合の結果はもうわかっている。この賭けは私の勝ちだ」と。

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