第32話 何かの間違い
(そんなわけがない。私が後宮に残ることになるだなんて何かの間違えのはずよ)
上級妃賓でない琳明が後宮に1年いてさらに残るということはすなわち、正式な妃となるということになるのだから。
琳明は玲真と喧嘩や腹の読み合いなどをした覚えはあっても、甘い時間など過ごした記憶など一度もないし。当の玲真も事件が落ちついた今も寝に来るだけにでも琳明の宮を訪れていない。顎を鷲掴みにされたことはあっても手を握られたこともない。
「何かの間違いでしょう。後宮は今は普通ではありません、あのような事件があった後ですバタバタとしているのでしょう」
「いいえ、琳明様の後に入内された12月に誕生日を迎える方は去る準備を迅速にできるようにと文が届いたそうですから。琳明様の誕生日はもう一カ月を切っておりますし。琳明様より後の方にはきちんと文を出されたのですから間違いございません。玲真様は身分を隠されていた頃にも、何度も琳明様のところに足を運び二人になっていたではありませんか。玲真様が王だと明かされた時も琳明様は驚かれませんでしたし、玲真様に色目を使っていた妃様はすべて後宮から去った今、琳明様がまだ後宮に残られていること自体が寵愛の証拠ではありませんか」
小蘭が熱弁した。
確かに、玲真とは片手で数えられるほど会ったし、部屋で二人きりになったこともあるが、あれは脅しをされただけで愛だの恋だのはない。
食事に手をつけず琳明は宮を飛び出した。
お待ちくださいという女官を置いて琳明は進む。散歩という名の薬草とりを連日後宮でもしていた琳明の足腰はちっとも弱ってなどいなかったから。商売人が本気で急ぐ足取りにこんなに早く琳明が歩くとしらなかった女官たちが遅れをとる。
王がお越しになられる後宮と城を繋ぐ道はたた一つ。上級妃賓の宮があるそのずっと奥にあるのだ。
あまり入らないようにしていた上級妃賓の住まいがある場所を早歩きで進むなか。前回であれば琳明に首だけで会釈をすればいいほうだった女官が、琳明にむかって正式な妃にするようなしっかりとした礼をしているではないか。
(私のところに市井に戻るようにとのお達しがきていなことは皆知っているってわけね)
そう思いながら琳明は突き進む。
上級妃賓の住まう場と城へと続く道へとつづく入口には当然宦官が槍を持って立っていた。そこに詰め寄ろうとする琳明には当然槍が向けられたが、琳明へとかけられる言葉は丁寧だ。
「いかがなされましたか。これより先は城へとなりますゆえ、後宮の妃様はご遠慮しております」
「あ~~もう、こんなときにも規則なの。王は玲真様に話があるの」
猫を被ることはすっかり吹っ飛んでしまった琳明は素で宦官に詰め寄る
「王への伝言は承りますが、王が妃様の下に足を運ぶことは約束できかねます。王が足を運ぶかどうかを決めるかを決めるのは王自身でありお妃さまではございません」
きっと同じように王のお越しが一向にない後宮で妃達は詰め寄ったに違いない。あっさりとあしらわれてしまう。
「大事な要件なの、彼と話がしたいだけなの。どうか一度話をする時間を……」
琳明が諦めて玲真への伝言を早口で頼んでいるときだった。城から後宮へとつながる一本道を歩いてきた男がいた。この道を通れる人物はただ一人、現在王位についている者だけだ、すぐに誰が来たかわかった琳明は以前より上等な布に袖を通し、優雅に歩く人物に声をかけたい気持ちをぐっとこらえて後宮まで歩いてくるのを待つ。
「これはこれは、恐ろしい顔をしているな」
詰め寄っている琳明に玲真は口元を隠して笑い、そう声をかける。私が怒っていることをコイツは知っているのだと琳明の頭に血が上るがここで頬の一発でも叩けばどうなるかわからないためグッと拳を握りしめる。
「誕生日まで一カ月を切ったというのに、私のところに妃の勤めがもう終わるから市井に下りる準備をするようにとの通達が届いていないの。皆が勘違いして困ってしまっているの。どうか、誤解をといていただけませんか?」
できるだけ冷静に玲真に話を切り出した。
「ふむ……」
玲真は口元に手をやるがその先をためる。
(イライラするな挑発にのったら負けだコイツは私を怒らせようとしているのだと琳明は接客をしていた経験から気が付きこらえる。怒ってしまったが最後、琳明の言葉は届かず、怒ったことをやんわりと責められて論点をずらせれなぁなぁにされてしまうのだ)
「後宮ではあれほどのことがあったんですものね。玲真様もお疲れでしょう」
怒りをこらえて優しい声色で琳明は玲真に話しかける。
すると玲真は声を出して笑ったのだ。
「本当に面白くて、思い通りにいかない女だ、庶民の出のくせに私の挑発にすんなりのらずしたたかにきたか。16でそれだけ達観しているのはどうかと思うぞ……」
琳明はやっぱり挑発していたのかと同時に余計なお世話よと心の中で毒を吐いた。
「これでも、一人で店を切り盛りしていたこともございますから。話を上手く進めるためにはどうしたらいいかこれでも考える癖がございますが。理由をもう一度伺ってもよろしいですか?」
玲真が話をそらそうとするのを琳明は許さない。
「ふぅ……李 琳明私との約束は何だったか覚えているか?」
「こんな人がいる場で言ってもかまわないの?」
「あぁ、もう隠す必要はないからな」
「厄介事が解決したら、私を下賜姫ではなくすると、ただの後宮に召し上げられた一妃にすると」
玲真の出方を伺いながら琳明は口にした。
「そうだ。書面にはその後の約束を違えた場合もお前をどうするかも書いてあったが。私は約束を守っているよ琳明。約束通り私はお前を家臣に下賜するため召上げた下賜姫様から、一妃へと戻した。私の妃として後宮にいる者に今後後宮いることを望むことはおかしいことではないだろう」
玲真は得意げに笑ったのだ。
やられた……。
玲真との約束は、一妃に戻し17になれば妃としての任期を終えて市井へと戻すではない。下賜姫ではなく、琳明を一妃に戻せだった。見事その言葉の穴をつかれたのだ。
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