第4話 金儲けをついつい

 後宮に入内して数日は琳明は緊張していたが、心配していた虐められることも特になく。後宮内で比較的自由に過ごせることがわかってからは、何か金儲けになることはないかとすでに考え始めていた。

 金が好きということもあるが、何もしないと向俊のことを考えてしまうので、何かしなければと動き出すことにしたのだ。


 後宮から市井へと文を出すことはできる。

 琳明のところにも家族や友人から文が届くことが時々あった。

 だが、すべて一度検閲される。それゆえ妃として入った琳明はよその男に文を出すわけにもいかないし、手紙の内容には一度目を通されてしまうので、家族あてでも向俊がどうなったかも聞くことは叶わない。


 幸い、琳明が後宮に入るまでにことづけた文は1通だけ、なので祖父からの手紙の最後に書かれていた『預かっていた文はすべて渡したぞ』という返事で一応琳明からの文は向俊には届いたことだけはわかった。


 今週末にはもうどこか遠くへと派遣されてしまうのだろうか。

 一目だけでももう一度会いたかった。食事くらい一度行ってみればよかった。豆の潰れて治った跡のひどい手に軟膏の一つでもあげればよかった。

 あぁ、また向俊のことを考えてしまっていた。


 自室で座っていてはあれこれと考えてしまってだめだわと琳明は後宮内を散歩することにしたのだ。

 後宮内は広い、草木が沢山植えられているだけでなく大きな池もある、何より妃の宮が沢山あるのだ。

 これは、散策だけでかなりの時間がつぶれそうと歩いていた時だおずおずと琳明の後ろを歩く女官が琳明に声をかけたのだ。

「あの、琳明さま、先ほどから何を集められているのでしょうか? 花がご所望でしたら申請すれば自室で楽しむ程度の花は都合がつくかと思います」

(えっ?)

 そう言われて琳明は自分の手を見てみると、視界にはいった薬草をまるで呼吸をするかのようにごく当たり前に摘み取っていたことに気がついた。

(えっ、何これ。完全に無意識だったわ)

 後宮の様子をうかがっていたつもりだったが、身体は長年染み付いた動きを無意識で行っていたようで、琳明の手には薬草がしっかりと握られていた。



(ちょっとまって、一応妃らしくしないといけないというのに何をやっているのよ私は)

「私は……お茶を入れるのも得意なのよ」

 口から得意の出まかせが出た。

「お茶でございますか?」

小蘭シャオランといいましたね。吹き出物にきくお茶があるのです」

 小蘭は顔に吹き出物が多い女官だった。だからこそ、なかなか仕事は有能なのに上の妃の付き人ではなく私のところに回されたのかもしれない。



 しゃなりしゃなりとした動きを意識しつつも、部屋へと戻ると摘み取った薬草を水で丁寧に洗い干す。

 代わりに私がともう一人の女官、香鈴コウリンが洗うことを志願してくるが、ただ汚れを取っているわけではない。

 薬草の状態の観察もそうだし、薬草ごとに傷まないように微妙に洗い方の注意点が異なるのだ。といえど、今の琳明は妃である。水仕事を当たり前にするわけにもいかず、やきもきするのを承知で二人に指示をだし草ごとの洗いかたを説明した。



 それを、3日ばかし干しカラカラになったものを専用の道具で炒る、焙じれば安い茶でも飲めるものになる。薬草なんかをお茶にする時は薬の効き目が落ちないものはこうして焙じたほうが飲みやすい。

 茶道具を一通り持ってきておいてよかったわ。

 女官二人は一体何ができるのかと私がやることをじーっと見ていた。


 さて、これにて湯を注げば、簡単なものだが吹き出物に聞く薬草茶の完成である。

 二人に勧めるが、二人は顔を見合わせ押し付け合っているのがわかる。なぜ飲まないのだろうかと思えば、私は重大なことに気がついた。

 琳明は薬屋の娘としてではなく、饅頭屋の娘としてここに入ったことを。

 この後宮では薬屋の娘琳明ではない、饅頭屋の娘琳明として生きているのだった。となると、これはどうみても、その辺で積んだ草から作ったものを飲めという女官いびりのようではないか……。

 そう思った琳明は、まず自ら飲んでみることにした。


「庶民の知恵でこれがなかなかおいしいのよ」

 琳明が口をつけて、飲み始めるとようやく女官二人は飲みだした。

 効果は即効性ではないが2週間もすると、あれほどひどかった吹き出物は無くなった。


 小蘭の吹き出物が見る見るうちに治っていくと、二人の女官は琳明が草を持って帰ってくることに何も言わなくなったし、薬草を洗うのにしても以前より丁寧にそして薬草ごとの洗い方にしても二人で共有しより傷まぬようにとやり始めたのである。

 小蘭の吹き出物は正直ひどかった。女ばかりいると虐めのようなものが起こる。

 小蘭が下女げじょから、琳明付きの女官になった理由のうちの一つだと言えよう。

 妃の位はその下につく者にも影響を与える、饅頭屋の娘で後ろ盾もなく一年で後宮をさる妃の下になど付きたくないもので当然まだ、誰の付き人にもなっていない下女の中でも押し付け合いが起こる。


 身分は下女よりも当然、妃の下についている女官のほうが高い。

 だが、一年で去るような相手の下につくことはあまり下女にとってはあまりいいことではない。

 妃が去った後、再び下女にもどるだけではない、王はほとんどの下級妃賓の元には入内してから去るまでの間にたったの1度だってお越しにならないことのほうが多い。

 そうなると当然あの王を見た後、一向にお越しにならないことで、怒りや嫉妬、もどかしさのはけ口は自分よりも寵愛を受けている位の高い妃に向けるわけにもいかない。

 となると矛が向くのは身近なところにいる女官だ。


 たった一年で去るうえに、当たり散らされたのではたまったものではない。しかも、その間に見込みのある別の妃が入内したとしても、すでに女官として妃の下に使えている者には他の妃の下につく機会はない。

 だからこそ、雑務は下女のほうが多く大変だが、位の低い妃に誰がつくかでもめるのだ。




 あのひどい吹き出物がなおるだなんて、よほどいい薬でも妃に施しを頂いたのだと下女の間で噂がでた。

 王のおこしなど最初から来るわけもないと割り切っているお妃の下は当たりだ。

王の寵愛の争いごとにも巻き込まれず、嫉妬からあたられることもない。

 そして、身分も下女よりも高い女官として給金をいただけるのだから。

 現に琳明は天気のいい日には後宮の草花を取りながらゆったりと散策する姿がよく見られていた。

 『饅頭姫はお人よし』たった1年とはいえ甘い汁を吸いそこなったと一部の下女はイライラとしていることなど琳明は知る由もない。



 琳明はそれどころではなかったのだ、だってここは、薬草がたっぷりと生い茂っているにも関わらず誰もとらないのだ。

 それに、その薬草をちょっとばかし持って帰っても誰も何も言わない。

 王のご寵愛を受けるために皆必死なのだと思う。

 ちょっと珍しい薬草も誰もとらないものだから、冬になれば処理をしなかった薬草は枯れてしまう。

 なんてもったいないと考えた琳明はどうせ枯れるくらいなら私が有効活用しよう、保存がきくから後宮を去る時に持って帰ろうとホクホクと薬草を集めていた。



 何も知らず、後宮でも金のたねを見つけてニコニコとしている琳明だったが、水面下で行われていた女どうしのいざこざが表ざたになるのには時間がかからなかった。


 小蘭が駆けこんできたのは、琳明がウキウキと干した薬草を質ごとに仕分けしている時であった。

 いや、これはひと財産作れちゃうわね。

 どうしたものかしら、新しい茶器とか欲しくなってきちゃったわ。

 これだけあれば、かなりいい物がポンっと買えてしまうわ、あの薬草の価値をわからないだなんて皆損しているわ。

 いやいや、だからこそ私がこんなに得をしてしまっているんだから皆にはこれまで通りいてもらわないとね。

「琳明さま……」

 一番重要な作業中に水を差されてイラっとするが、私は妃。此処にいる間は妃と言い聞かせて顔をあげた。

「も、申し訳ございません」

 小蘭は震える手で、一着の衣を琳明の前に差し出した。

 ケチな琳明が自腹では絶対買わない上等な絹の衣であった。

 そこには見事に泥汚れがうっすらと付いていた。


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