第7話 やられた……
こうしちゃいられない。小麦粉は最悪しばらく寝食を共にすることにして、問題は野菜だ。
雨にあたれば当然傷むし、さらに置いておけば虫もわいてしまう。なんとか処理してできるだけ駄目にしないようにしなければいけない。
そんなこんなで、物が届いてしまったものだから琳明の後宮でのしぶしぶ饅頭作りは始まった。
日持ちするのは後回しで、とにかく葉物野菜から処理しないといけないだろう。
孫卓も考えてくれていたようで、干して冬を越せる野菜を多めに持ってきてくれたのが有りがたい。
それにしても後宮に入ったというのに、何が悲しくて饅頭なんか作らねばならないのだと、ぷりぷりしながら琳明は饅頭の皮をこねていた。
饅頭をふかす道具を琳明の家からとってきてくれた孫卓に最初に蒸し上がった饅頭をとりあえず持てるだけ持って帰ってちょうだいと押しつけたがその数などしれている。
商売として作るならともかく、そうでないならばこんなに沢山の材料を賜ったところで捌けない。
念の為、王へと小さな
とりあえず、全部は饅頭作りに使ってはいないけれど。これで、いただいた材料で饅頭をこしらえることができましたという体裁は保てるとほっとする。
残りの野菜はもったいなけれど傷ませるよりはと洗った後は、保存しやすい大きさに切り塩をもみ込んだり、干すためにつるしたりしていく。
女官は各々の部屋に戻り私も自室で小麦粉に囲まれ眠りについた。
この景色はあんまりだし、宮の周りには野菜が干してあるけれど、中がこんな備蓄庫のようになっていることが外から見えない作りでとりあえずよかったと眠りについた。
沢山ある野菜をなんとか傷む前に片づけられてホッとしていた私は、異変に気がつくのに遅れた。
野菜の乾きが遅い。
干された野菜の状況を確かめていたけれど、あれからすでに3日もたっているのに様子がおかしい。これだけ寒くなってくれば、表面は普通に乾燥しているとわかるのが普通なのに、ちっとも乾燥していない。
この調子では野菜はきちんと乾燥せずにカビが生えてしまう。
なぜなのか……。
干した野菜をしげしげと眺めて気がついた。
すべての野菜ではなく、一部の場所のみが乾燥に失敗していることに。
次の日朝一番で私は野菜の状況を確かめに行って確信した。
これは水をかけられていると。
嫌がらせは続行されていたのだ。絹の衣を洗っても女官が付いていてあれ以来悪戯するのが難しいと目をつけたのが宮の外にある私の野菜たちだ。
毎日ほんの少し水をかけるだけで、乾燥が上手くいかず表面にはカビができて駄目になる。
王の嫌がらせのようなことで野放しにしていたことを私は後悔していた。
これは、大々的につぶさないといけない。
この野菜は、もったいないけれど、どのような状態の水がかけられたのかわからないし食べることはよしたほうがいいだろう。
どれもこれも高価なものだった。
野菜の下処理など普通は妃はしない。でも琳明は違う。自らやったことがあるし、今回の物も琳明が目を配り女官と作ったものだ。
女官のやり方が悪く野菜が悪くなったわけではないのがだからこそわかる。
琳明はニッコリと笑顔を浮かべてあの薄手の衣を今日は天気がいいからと洗うように指示をだした。
「染めに出すのだけれど、その前にもう一度綺麗な水で一度軽くゆすいで干してくださるかしら?」と。
◆◇◆◇
下女同士すれ違う時にくすくすと笑う。それだけで今日も成功したのだと言葉に出さずともお互いにわかる。
饅頭姫は後宮に似つかわしくない姫である。その姫の下についている女官が可愛がられているのがたまらなく腹正しい。
なぜ甘い汁を吸うのは私じゃなかったのか、そう思う複数人の悪意が間違いなく後宮の中に渦巻いていた。
下女の中でもさらに下層、絶対に上級妃賓付きにはなれない吹き出物の多い女が少しずつ吹き出物が無くなっていったのは心底腹が立った。
どれほどいい薬を都合してもらったのだろう、饅頭姫の後ろをついて散歩をして、怒鳴りつけられることもなくのうのうと。
だから、あの一目でわかる高価な衣に泥を水をかけた時は最高だった。
あんな高価な物を干すときはちゃんとついてないほうが悪いんだからと心の中で呟いて陰で大笑いしてやった。
あの冷たい水の中どれだけ必死に洗ったところで、あれほどの泥よごれすべては取れないだろう。
高価な衣を賜ることなど、下級妃賓の饅頭姫はめったにないことだ。どれほどの叱責が飛ぶことだろう。
あわよくば、女官を外され誰か下女に次の女官のお鉢が回ってくるかもしれないとほくそ笑んだ。
饅頭姫がどなり声が響いたらをきいたらこういって目の前に出て行ってやるのだ。
『まぁ、こんなに高価な衣を……洗うところをきちんと考えないからですよ。琳明妃さまもうしわけありません。このものは下女の中でもあまり使えないほうでして』
そういって罵り、あわよくば私に次の女官へと声をかけてもらうのだと……。
なのに、饅頭姫の宮からはどなり声など聞こえなかった。
下級妃賓のくせに、女官の前で見栄を張って、あれがどれほどの値段のものかくらいわかるでしょうに、これだから饅頭を作っているような女は……。
衣では駄目か……そう思っていた。
女官が甲斐甲斐しく、饅頭姫の宮の軒下に野菜を吊るしだした。
あわただしく物売りが出入りしていたと聞いた。きっと食べ物をもってくるように頼んだのだろう、そして、自慢の饅頭でも作って王を誘惑しようと浅はかに考えたに違いない。
吊るしているところをみると干し野菜を作るのだろう。
そのほうが味が濃厚になる野菜があるそうだ……こうして手間をかけて饅頭を作って王に取り入ろうなどと、下級妃賓はやることも下級だ。
王が毒見されてない得体の知れないものを口にするはずもないのに。
この時期には手に入りにくいものや備蓄すれば甘くなるものなど高価な野菜だということは色つやからなんとなくわかった。
そりゃ妃様のところにくるものだ、下々の下女である私が食べているものよりいいものに違いない。
衣の価値はわからずとも、饅頭という食べ物を作っていた女なら、干し野菜が駄目になったかどうかはすぐにわかるはずだ。
後は簡単だった、人がいないときに、ほんの少し野菜に定期的に水をかけてやればいいのだ。
そうすれば、上手く干せず表面にカビが生えるからと、私は奉公先でならって知っていた。
悪意をもって、水をかける者がいるなど思いつくまい。
野菜の切り方が悪かったか、吊るし方が悪かったか、それとも吊るす場所がわるかったか……。
どちらにせよ、干し野菜が駄目になれば王に饅頭を作るという、饅頭姫のもくろみは台無しになる、そうなれば今度こそ
なぜ女官がきちんとみていなかったかと今度こそ叱責されるに違いない。
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