第14話 向俊

 玲真からの便りはその後なく、あっという間に月日が過ぎていく。下級妃賓である琳明が上級妃賓の宮が並ぶ場になどそう何度も足を運ぶのは不自然で、調べたいことや聞きたいことはあるのに琳明はごく普通の下級妃賓としての暮らしをしていた。


 伝えられることは伝えた。あとは、念のためにと陶器を拭いた布、お茶を含ませた布が手元にある。

 これに毒が付いていないかだ。まだ未熟な琳明ではわからなくても祖父ならもし毒がついていれば何の毒なのか割り出せるのではと思う。

 だが、手紙や荷物には必ず検閲がはいるから琳明の祖父にそのことを伝える手段がない。誰かに頼むという手段もあるだろうが、後宮でこれを託して市井におりてくれと頼める信用できる人物もいない。

 一番怖いのが琳明が毒は何か探るために動いていることがばれることだ。




 後宮の木々も色づいた美しい姿から寒さで葉を落とし冬の装いへと変わっていった。

 早朝、吐く息もいつのころからか白くなり、焦る琳明の気持ちとは裏腹に月日というものはあっという間に流れていく。



 気持ちをごまかすかのように琳明は後宮内を散策し枯れてしまう前に沢山の薬草を取り洗い干した。

 薬師として琳明を頼る者はいないから、これほど沢山の種類の薬草をたっぷりと用意しても使い道はない。

 後宮の厄介事が片付かなければ、薬草をもちかえり市井に帰ることもできない。




 悶々としながらも、特に動けることもない琳明が薬草の乾燥の進みを調べている時だった。

 ようやく玲真が琳明の宮へとやってきたのである。

 玲真が頭を下げると、それだけで小蘭と香鈴は言いたいことを理解したようで部屋から退出した。



「いつぶりだろうね。

 玲真はさっそく琳明の立場を再確認させるかのように下賜姫様と呼んだ。

「お久しぶりでございます。玲真様」

 主君と呼んで同じことをやり返してもいいが、どこでだれが聞いてるかわからず玲真様と言うにとどめた。



「本日はどのようなご用件で?」

 玲真は何かようがあったから琳明のところに来たはずだ。

「もうすっかり冬だな」

「さようでございますね」

「薬草をこんなに沢山集めたようだが、まだ薬になるような草ははえているか?」

「いえ……。あるにはありますがもう効能としては摘み取って処理してもおちるでしょう」

「そうか……。下賜姫様は風邪で体調を崩された。そうだな1週間ほどもあればなおるだろう」

 ふむふむと玲真は一方的に話を進める。

「どういうことで?」

「お前薬師だろう。草木が枯れば新しく毒をつくるとなると、処理してある材料をさがさねばならないだろう。お前自ら市井におりて変な流れがないか探れ」

「はぁ!!」

 思わず声を荒げる。妃が後宮から出されるなど本来あってはならないことだし、脱走で逃げ出した妃などは妃だけの制裁だけではなく一族まとめて何らかの制裁がされるほどの重罪だ。



「期日までに戻らねば一族がどうなるかわかるだろう、賢いお前には。もちろんお前を単身では行かせないさ。おい、入れ」

 玲真は控えていた官に部屋に入るように促した。

「ちょっと、信用できるの?」

「よほどの覚悟がなければ、あいつもこんな仕事引き受けないさ」

 玲真は疑う琳明にそういう。


 しばらくして、ゆっくりと部屋に現れたのは宦官の服をきた人物だった。

 玲真と一応妃である私の前に膝をおり頭をさげる。

 一応下級妃賓とはいえ妃である琳明の部屋にいるのだから、許可をえず妃をみることは無礼にあたるからだ。


「詳しいことはすでに説明をしてあるからコイツから聞け。こいつはされるのを避けたいお前とは反対に身分が低いにも関わらず下賜したい妃がいるそうだ」

 下賜したい妃がいるからとはいえ、なんて馬鹿なことに首を突っ込んだんだこの男はと思った。ここは後宮だ、本来外から高い塀と深い堀で隔離されたここで頼まれることだなんてどれだけ危ないことをやらされるかわかりそうなものを……。琳明はこんな馬鹿げたことを引き受けた馬鹿な男とは違い、初めは危なくなったら辞めるつもりだった、玲真が誰かを知り逃れられなくなるまでは。



 目の前にいる彼はおそらく宦官である可能性は低いだろう、宦官であれば妃である琳明と同じく簡単に市井には降りれない。

 下賜したい姫がいるからといってなんという馬鹿なことに手をだしたのだと思った。

 この男に玲真はどれほどのことを話しているのだろうか、信用に足る人物だから話たという線は薄いだろう。

 となると失敗したとき切りやすい身分や家柄だから任せた可能性が高い。


 たった一人の女のために下手をすれば死ぬかしれないというのに。

 玲真となんて危ない賭けをしたのだろう……愚かな。




「表を」

 口元を扇子で隠してから琳明がそういうと、男は顔をあげたのだ。

 顔をあげて、琳明は固まった。

 琳明と同じく、男も琳明の顔をみて固まった。



 ずっともうひと眼だけでも会いたいと思っていた。

 どこにいるのかとずっと気にしていた。

 だが、今この場では絶対に会いたくなかった男が琳明の目の前にいたのだ。


 地方出身の彼が他の妃達と会うことなどこれまできっとなかっただろうからことそ思った言葉がそのまま出た。

 だってこの男が下賜したいと願っただろう人物が琳明だったのだから。


「なんて、馬鹿なことを……」


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