キリングウェポンと噛ませ犬(2)

 クロードとヨウを追ってきたミツキとシグは、目の前に広がる草原を前に立ち尽くした。


 月が出ているとはいえ、今は夜。ちょっとやそっとの雑草が生えたくらいであれば大して気にも留めなかっただろう。だが、まるで何年も前から存在しているかのような立派な草原をそう易々と看過かんかすることはできなかった。

 一、二メートルはあろうかという草いきれは短期間で生えるものではない。まして旧サークル棟の近くであるこの場所は、彼らが先日訪れたばかりだった。明らかに、自然のものではない。

 ミツキは目の前に生えていた長い丈の草を手慰みにむしり、はらりと地面にまく。


「ま。十中八九、あの子の仕業だろうね」

「だろうな。これで違う奴の仕業って方が、厄介だ」


 シグは前髪をくしゃりとかき上げる。

 暗闇の中、目を凝らして草原を眺めると、鬱蒼とした草の中を人が通ったように草の倒れた跡があった。のぞき込んでみれば、奥の方に黒い影がある。


 それは草原の真ん中で倒れ込んでいるクロードの姿だった。


 近くに駆け寄り、シグは彼の頬をぺちぺちと叩く。何度か叩かれた後、クロードははっとして目を覚ました。息を吐き出し、シグはぼんやりしたままのクロードを重ねて数度、軽く叩きながら尋ねる。


「おい、どうしたクロード。まさかこのタイミングで酔いがまわって倒れたとか阿呆なこと言わないだろうな」


 ようやくクロードの焦点が定まり、彼をのぞき込むシグとミツキとを順に見つめた。

 やがて今度は大きく目を見開くと、上擦うわずった声でシグの腕を掴む。


「と……と、盗られた!」

「盗られたって、何を」


 怪訝にシグが聞き返すと、勢いよく半身を起こしてクロードは訴える。


「盗られた、盗られたんだよ!

 俺の名前が、……本当の名前、まことが!!」

「真名、……だと?」


 今度はシグの方が目を見開いた。


「おい、どういうことだクロード。まさか、あのヨウちゃんにやられたってのか」

「あの子は関係ないわ」


 辺りに凛とした声が響き渡った。

 聞き慣れぬ声にミツキが振り返れば、彼らの背後には一人の少女が彼らを見下ろすようにして立っていた。


 豪奢なピンクのワンピースにフリルの付いた傘。綺麗に巻かれた髪が、夜風に吹かれてふわりと揺れる。

 ミツキは目を見開いた。


「……君は」

「夢幻の魔女、キサ・シラユキ。別にお見知り置きをしてくれなくていいけれど、どうせだから名乗ってあげるわ」


 朗々と告げ、キサは不敵な笑みを浮かべた。

 彼女に気付くと、クロードは立ち上がりキサに向けて両手を広げる。


「ちっくしょう、さっきはやってくれやがって!」

「お止めなさい『マト』。あんたは大人しくしていればいいのよ」


 彼女が言うと。

 クロードは、ぴくりとその腕を震わせる。


 炎を出すつもりで差し上げたその手からは、何も発生しない。クロードの腕は怪我をしているわけでも拘束されているわけでもなかったが、見えない何かに腕を掴まれているような、気持ちの悪い違和感があった。彼は自分の手を呆然と見つめる。


「引っ込んでろ、クロード」


 シグは乱暴に彼のえりぐりを掴み、自分とミツキの背後に放り投げた。


「お前、あいつに真名を盗られたんだろ。だったら分かんだろうが、下がってろ。お前は何一つ、太刀打ちできない」


 クロードは自分の手の平を見つめ、そして自分自身へ理解させるかのようにぼそりと呟く。


「真名を奪われると、魔法が使えない……!」

「そういうこと」


 ミツキがクロードを背にしてキサに向き直る。


「彼女が、魔法封じの術を使える魔女だったって事だよ。だからこそクロードさんの真名を奪ったんだ。

 けど、残念だったね」


 ミツキは真顔のままキサを見つめた。


「クロードさんの魔法を封じたところで、俺らは大した痛手にならない」

「余計なこと言わないでミツキちゃん! 切なくなるから!!」


 悲痛な声音でクロードは叫んだ。

 が、キサは軽く首を傾げ、不思議そうに呟く。


「何を言っているの? あんたは。……ま、いいわ」


 彼女は手にしていた傘をたたみ、左手で握りしめた。


「あんたたち二人の分も、今から奪い取るまでよ」

「やってみな」


 にやりとシグが口を歪める。

 キサは二人から目を離さぬまま、ポケットから鈍く光る鉄の塊を取り出した。離れた場所からでも、月の微かな光でそれが何かと分かる。



 拳銃である。



 想定していなかった武器の登場に、シグは口の端を引きつらせた。


「拳銃たぁ、穏やかじゃねーな。この平和な学園に、そんなモン持ち出してくれてんじゃないよ」


 キサは右手に拳銃を構え、冷たく告げる。


「平和? 馬鹿言うんじゃないわ。平和なのは、平和ボケしてんのはあんた達でしょう。

 それに、これはただの銃じゃない」


 彼女は銃口を彼らへ向け、引き金に指をかけた。

 途端、凄まじい勢いで弾の連射される音が鳴り響く。


 だが同時にミツキが地面に手を着き、魔法で地面を跳ね上げたため、彼らの元に弾丸は届かなかった。敷かれていた煉瓦れんがと土とが盛り上がって壁となり、キサの攻撃を防ぐ。

 そのままミツキは、キサのいた方角のみならず、彼らの周囲すべての地面に魔法をかけ、壁を構築した。元々は煉瓦の地面であったそこは、ちょっとやそっとでは破壊できない、存外丈夫な壁となる。

 彼女の攻撃が止む頃には、既に彼らの周囲を円形に覆う高さ三メートル程度の防壁が出来上がっていた。


「……小賢こざかしい真似を」


 壁の向こうから、キサの呟きが聞こえる。ひとまず彼女の凶弾きょうだんから逃れたことで、ミツキは一息ついた。


「魔女怖ぇぇぇぇぇ!!!」


 ワンテンポ遅れ、一番後ろにいたはずのクロードが叫んだ。

 傍らのシグも舌打ちしてぼやく。


「おいおい、マジかよ。こりゃ厄介だ」


 シグの十八番おはこは接近戦だ。飛び道具を使う相手は得意ではない。いくらシグが素早く動けるといっても、生身で何発もの銃弾を避け続けるのは無理がある。

 クロードはまだ衝撃が収まらぬ様子で、せわしなくミツキとシグ、そして壁の向こうとへ視線を行き来させる。


「なにあれ! なにあれあの武器!?」

「クロードさん、落ち着け! つうか一回戦ったんじゃなかったんかよ!?」

「あそこまで凄くなかったもん! 俺の時は傘だけだったもん! なにあれ、なにあの武器!?」


 魔法が使えず為すすべのない状態のクロードは、いつも以上に心許こころもとないようで、怯えた素振りで自分の体を抱きしめた。

 彼らの話が聞こえてか、壁の向こうからキサの声が聞こえる。


「これはMG008。あんたたちの持つ最新機種へ、更に手を加えた特別製よ。私の場合は以前より2倍の連射が可能になった。

 そっちの手元にあるのとは段違いだわ」

「……何を、言ってるんだよ?」


 彼女の言葉にシグは訝しげに顔をしかめた。


 ミツキの防壁でひとまず攻撃を逃れたとはいえ、危険が去った訳ではない。クロードは魔法が使えず、シグも接近戦に持ち込むのが難しい現状、迂闊うかつには動けないのだ。

 残るはミツキであったが、彼とて下手に外に出ては彼女の標的にされるだけだ。

 かといってこのまま防壁の中にいる訳にもいかなかった。当面はいいとしても、彼女とていつまでも手をこまねいているはずはないだろう。もしもキサが防壁の上に登ってしまえば、彼らは狙い撃ちとなる。

 どうしたものかと次の手をミツキが思案し始めた時。


『ねえ、ミツキさん。なんだかそっち、大変なことになってます?』


 胸ポケットに入れていたミツキの携帯電話から、勝手にスピーカーモードで電話の通話音声が流れ出す。イツキの声だった。

 彼はジョーに状況を報告するため、ミツキ達より少し遅れて部屋を出たので、キサの攻撃に巻き込まれずに済んだのだ。


「大変も何も。洒落にならん相手に攻撃されてる」


 シグが代わりに答えた。イツキは抑えた声で同意する。


『でっすよねー。なんですかね、アレ。怖っ……!

 因みに彼女、まだ次の弾丸は装填そうてんしてないです。

 けど、あの銃、見た目は小さいのに相当数撃ってましたからね……ぱっと見、レトロな回転式の奴ですけど、それだと確か六発しか打てないはずですよね?

 もしかしたら僕らの知らない技術が使われてる銃かもしれません。多分、常識で考えない方がいいです』


 イツキの指摘に、ふと思いついてミツキは尋ねる。


「イツキさん、今、どこ?」

『ミツキさんたちがいるところの南側にある校舎の影です。状況が分からないし、今出ていくのは控えた方がいいかと思って。

 指示、くれますか』


 彼の意図を察し、イツキは静かに言った。ミツキは頷き、キサに聞かれぬよう携帯電話を手元に寄せる。


「一つ、確認をとるよ。イツキさんの居場所からは、キサ……あの魔女のいる場所の無機物に干渉できる?」

『無理です。離れすぎてる。銃を抑えるのは不可能です』

「了解。そしたら、サポートをよろしく。確か校舎の北面には、イツキさんの手中にある機器があったよね」

『勿論。彼女の動向はよーく把握できますよ?』

僥倖ぎょうこう僥倖ぎょうこう。それで行こう。……さて」


 ミツキは顔を上げ、頭上にぽっかりとあいた円形の空を見上げた。


「反撃といきますかね」

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