きまぐれな魔法は安定いたしません
イツキの魔法は、無機物を司る。
一般的に、魔法と文明の利器というものは相性が悪いことが多い。しかし稀に、それらを上手く融合させ術を駆使する魔法遣いも存在する。イツキはその一人であった。
彼は昨日のようにスピーカーから声を出したり、あるいは爆弾の機能を停止するのに的確な部位を切断させたりと、本来の能力を超えた機能を含め、機械の動作を自分の制御下におくことが出来る。
また対象が無機物であれば、
今イツキは、ミツキの家の前にある防犯カメラから景色を覗いている。
ミツキの忘却の魔法で彼らの正体についての秘密は守られているものの、念のため普段彼らが過ごしているこの部屋と、ミツキとクロードの部屋付近の防犯カメラをイツキは把握していた。シグの家はノーマークだったが、四人でいるときに誰かの家へ来客があると、こうやって異変を知らせることが時々あるのだ。
とはいえその異変というのは、大抵が宅配便か何らかの勧誘か、今のようなミツキ宅への女子の来訪であったのだけれども。
「おい……またかよミツキちゃん、今月四度目か」
「四月になって月が変わったからまだ二度目だよ」
「なんだ、そっか。……って今月まだ始まったばっかなのにおかしくない!? 変じゃない!?」
クロードは目をむいた。笑いながらシグがぽんぽんと彼の肩を叩く。
「妬くなよクロード、ミツキはしょうがないだろ。
容姿端麗文武両道、おまけに学生にして白の魔術師かつ、トドメとばかりに現理事長の息子だ。既に将来だって約束されてる。寄って来ない方がおかしい」
「うるさい、そういうシグちゃんだってハーレムだったくせに」
はあ、とわかりやすいため息をついてクロードは嘆く。
因みに彼は、学園の隅に位置した旧サークル棟を家代わりにして住み着いている。それも手伝ってか、こういった華のある来客はないに等しかった。
当のミツキはさして動揺せず、怠惰に告げる。
「あー。じゃイツキさん、その人たちには、後で行くって言っといて」
へ? と聞き返してから、一瞬遅れてミツキの意図、すなわち「イツキさんの能力でその辺のスピーカーから伝言よろしく」という依頼に気付いたイツキは、ぶんぶんと右手を横に振った。
「ムリですから! 近くにほいほい都合よくスピーカーとかないし!」
「できるできる、ほらインターフォンのスピーカーあるじゃん。イツキさんならできるっしょ」
「あ、なら大丈夫か……っていや能力的にはできるけど! できるけど、おいそれと一般人にやっちゃダメっしょ!」
「別にいんじゃね?」
「全力でよくないですよ! 何のための擬態なんすか!」
彼らのいる部屋の入り口――正しくはそのドアにかかったプレートを指し示しながら、イツキは軽く抗議する。
四人が学園を守護する魔法遣いであること。ひいては、そもそも彼らが魔法遣いであること。これらは、多くの人たちには秘密にされていることだった。
魔法は世間に認知されてはいるが、決して魔法を扱える人間の数が多いわけではない。研究されてはいるものの、一般人にとってはまだまだ遠い存在である。奇異の目で見られる程度ならまだしも、その能力を悪用しようと企む連中とて少なくない。
だから魔法遣いであることを知られてしまうこと自体が、彼らを脅かすことにつながった。彼ら四人がそうであると悟られずに日常の安寧を得るためには、厄介な問題を引き連れそうな要素は排除するに越したことはないのだ。
そのため彼らの集いは、単に学園に数多存在するとあるサークルの一つ、ということになっている。シグは既に学生の身分ではないが、多様な年齢層の人が入り乱れて活動するサークルは学園内でそうそう珍しいことでもないため、大して怪しまれないでいた。
彼らが擬態するところのサークルには他のサークルと同様に、サークル活動をするための部屋、すなわち今四人がいる部屋が例外なく与えられていたため、普段はそこにたむろっていることが多い。
こうして彼らは各々の立場が異なりながらも、外部からの違和感なく四人でまとまっていることができるのだった。
彼らが魔法遣いであることは、数人の身内や雇い主である一部の学園関係者しか知らない。ここで彼らはただの一学生、一職員として一般の中に紛れ込み、安穏とした日々を送っている。
ただしミツキについては公に『白の魔術師』の立場であることが知られているため、それなりに名を売ってしまっているのだが。
「しっかしイツキちゃんの能力って便利だよなー。俺もそーゆーのが良かった」
後ろ手に手を組み、クロードは椅子の背もたれに寄り掛かった。
「ねね、イツキちゃんの能力って、何か機械あるとこなら頑張って能力で女の子の部屋とか覗けちゃったりすんの?」
「しねぇよ」
とんだ疑惑をかけられて、思わずイツキの言葉が乱れる。
「そりゃ、元から防犯カメラみたいなものが仕掛けられてる場所なら、ちょっと僕の手を入れて条件満たせば可能ですけど。
でもカメラが室内にそうそうあるわけないし、故意に仕掛けるんだったら普通に盗撮だから一般人にもできるし、ていうか勝手にカメラ仕込むなら犯罪ですからね!」
へえ、と
「カメラじゃないとやっぱ駄目なん? 何か他の、適当な機械がある場所なら、イツキちゃんなら頑張ればできるんじゃね?」
「縁もゆかりもない場所で、関係ない機械を使ってやるのとか、やったことはないけどどう考えてもキッツイわ」
「そういうもんか」
「そういうもんっす」
しばらく考えてから、イツキはぼそりと付け加える。
「例えるなら、フレンチのお店に行ってラーメン出してくれって懇願する感じ?」
「常連になれば頑張ればやってくれるんじゃね?」
「そういう問題じゃねぇ!」
吐き捨ててから一瞬遅れて閃き、イツキはぽんと手を打ち合わせた。
「あ、もっとシンプルな例えだと、耳で物を見ろっていうようなもんですよ」
「無理じゃね?」
「だから無理だって言ってんだろ!」
一番年下なこともあり、基本は他の三人への丁寧な物言いを崩さないが、クロードに対しては時々、語調が乱れるイツキだった。
「それに、だったら僕なんかよりシグさんの魔法のがいろいろ応用できそうじゃん」
イツキは話を逸らし、シグの方を向いた。急に自分へ矛先が向いて、シグは目を見開く。
「や、別にそんないかがわしいことに使ってるわけじゃないからねこれ!」
クロードもイツキに便乗する。
「なるほどー、隠れて遠くで見てるんじゃなく直接自分で行っちゃう系かー」
「シグさん強いからなー、それくらいちょろいっすよね!」
「思いっきり常習犯みたく言われてるけどマジでやってないからね俺」
唐突だったため上手い切り返しが出来ず、苦笑いして真面目に答えるシグだった。
シグの魔法は、自分に対して術をかけるものである。
存在感を限りなく希薄にし、ただ肉眼で見ただけでは相手の眼に映らないようにしたり、あるいは筋力を強化し人間離れした跳躍などを可能にする。
だから彼は通称で『忍の魔法遣い』、ないしは『影の魔法遣い』と呼ばれていた。
もっとも、それが通じるのは魔法遣い界隈だけであり、学園で正体を隠している現在はほとんど意味をなさないものではあったのだが。
他の三人にもそれぞれ通称はあり、ミツキが『清流の魔法遣い』、クロードが『暴炎の魔法遣い』、イツキは『超動の魔法遣い』である。魔法遣いの通称は、その魔法遣いが使用する魔法の特徴を表していた。
イツキやシグの魔法に対して、ミツキの遣う魔法は水、クロードは炎と、一般人が魔法といって想像するようなスタンダードなものである。
ただしミツキは水の魔法をよく使うというだけであり、水に拘らず多種多様な魔法を使うことができた。
対してクロードが使える魔法は、炎についてのみであり、他の三人に比べるとどうしても応用が効きにくいところがあったのであるが。
「もーちょっとな、いー感じに俺の魔法ちゃんも働いてくれたらなー」
クロードがテーブルの上にだらりと突っ伏しながらぼやいた。
腕を組み真面目そうな素振りでイツキは頷く。
「クロードさんの魔法、勢いだけですからねー」
「おいどーいう意味だよそれ」
「え? そのまんまの意味ですけど?」
「あーくそ、言い返せねぇ……」
「威嚇にはもってこいですけど、たまに引火しかけてますからね」
「あ、それ耳が痛い。うーん、ばーっとやるのはいんだけどさぁ、収めるときがいっつもミツキちゃん頼みだからなー。もっと、しゅーっと綺麗に収まってくんないかなぁ」
突っ伏したままクロードは頭を抱えた。
「ただ感覚で使えばいいってもんじゃないよ、魔法は」
本に目を落としたまま、ミツキは呟くように言った。
「え、感覚以外にどーやってやんの!?」
「すみません僕も思いっきり感覚ですけど、え、駄目?」
クロードとイツキがほぼ同時に反応する。シグはただ黙って微笑を浮かべながら三人の様子を眺めていた。
本に栞を挟んでパタンと閉じてから、ミツキは二人に向き直る。
「ま、ま、ま。きちんとした魔法教育があるわけでもなし、魔法なんて使える奴は自己流で感覚頼みがほとんどなのは、そうなんだけどさ。
ただ魔法を呼び出すだけってのなら問題ないけど。自然現象をメインにした自然魔法だって応用を効いた魔法を使う場合には細かい調整が要るし、自然魔法じゃないなら尚更、こっちで整理して誘導する必要があるよ。イツキさんとかは無意識にやってるけどね。
特に魔法技の使用をするときには、自分の中で構築した魔法の回路を整理してやんなくちゃならないから」
本で肩をとんとんと叩いて、ミツキはにやりと笑った。
「俺に言わせれば、クロードさんはその整理が雑。いっくら自然魔法だからって、もうちょっと手を加えてやらなきゃ。
整理整頓が肝要だよ、クロードさんは。魔法でも、女性関係でもね」
「うっせ」
苦々しい表情でクロードは短く答えた。
「昨日だって度々脱線してましたもんね。相手の言葉にのっかったりしてたし」
「そーゆーイツキちゃんは高みの見物だったくせに!」
「ラストは頑張りましたよ。爆弾解体したの僕だし」
「うおっ」
自分のあり方に苦悶してクロードはますます頭を抱えるのだった。
ふと、イツキの言葉に思い出すことがあり、ミツキは伏したままのクロードに何気なく問いかける。
「クロードさんさー」
「んー?」
「魔女、……って、見たことある?」
「え、女の子? うーん」
思いもよらない質問だったのか、ミツキの言葉にのそりとクロードは起き上がり、そーいやないなぁ、と首をひねった。
クロードはシグとイツキを交互に見て尋ねる。
「なあ。女の魔法遣いに会ったことってあるか?」
「いや?」
同じくシグも首を横に振った。イツキは小首を傾げて言う。
「確か魔女は、いなくなったって話を聞いたけど」
「いなくなった」
ミツキが反芻した。イツキも詳しいことを承知している訳ではないようで、曖昧に頷くだけだ。
「聞いた話じゃね」
「へえ……」
ミツキは考え込むように指を口に当て、瞳を伏せた。
と、突然イツキが叫び声をあげる。
「うっわ!」
「どした、イツキちゃん」
クロードの問いかけに、イツキはサークル部屋の扉を指差した。
「変態が来た!」
イツキの短い言葉で、全員が事態を察した。ぴくりと反応し、彼らは一斉に扉を見つめる。
それとほぼ同時に、かちゃりと部屋の扉が開いた。
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