こうしてスポンサーは発動を依頼する

「来たな似非粋人」


 ぼそりとミツキが呟いた。

 あぁ、とため息交じりでシグは額に手をやる。


「お前、ジョー、どうして毎度毎度、意味分からん仮装してくるんだよ」

「そういう格好で来るのやめてもらえますか、僕らまで変態と思われるじゃないですか!」

「うわ、マジ引くわぁ……」


 口々のもてなしに、扉の向こうに立つ人物、ジョーは思わずのけぞった。


「四人揃って、スポンサーに向かってえらい言いようだね!?」


 ジョーはわざとらしく胸に手を当て天を仰ぐ。

 四人は白い眼差しをジョーに向けた。


「真っ当なスポンサーなら俺たちは何も文句言わない」

「真っ当なスポンサーならラメ入りの服で登場しねぇ」

「真っ当なスポンサーなら外で会っても挨拶しますよ」

「というわけで誤解が広がる前にさっさと扉閉めろジョー」


 再びの四人の攻撃に打ちひしがれながらも、シグの要請にジョーは素直に扉を閉め、後ろ手に鍵をかけた。


 サークル部屋に入ってきた人物は、きっちりとネクタイを締めた正装に身を包んでいる。

 ただし、ネクタイは赤い蝶ネクタイで、着ているタキシードは紫のラメ入りだった。おまけに同系色の紫のマントを羽織っているとあっては、どうにも救いようがない。


 ジョーは四人の秘密を知る数少ない人物の一人である。表向きはこの学園の事務員をしており、シグにとっては同僚にあたった。

 しかし裏では、学園の秘部――即ち、魔法に関する管理事務を取り仕切る重要人物である。


 四人に魔法絡みの仕事を持ってくるのも彼であった。働きには報酬が出ているので、彼らの名目上の雇い主といえよう。

 だがほぼ例外なく奇抜な服装で彼らの前に登場するので、先ほどのようにジョーは邪険にあしらわれている。年齢はそれなりにいっているはずだが、妙に若々しく優男やさおとこ風貌ふうぼうであるのも手伝って、四人の態度はおおむね冷たい。


「これでも私は君たちの隠れ蓑を後押ししてあげているのにな」


 シグはぶんぶんと顔の前で手を横に振った。


「逆に目立つだろ! そういう派手さとか奇抜さ、求めてないから!」

「だって、マジック愛好会だろ」

「普通の衣装、普通の!」

「つまらないじゃないか」

「ただのダミーの愛好会だからいいんだよ!」


 サークルを名乗る以上、どんな活動を目的とするのか何らかの言い訳が要る。というわけで彼らの集まりは名目上、手品愛好会ということになっていた。

 それをいいことに、派手好きのジョーはしばしば『舞台衣装』と称して、様々な衣装を身に纏ってサークル部屋を訪れるのだった。平穏に過ごしたい彼らにとっては、いい迷惑である。


「さて、ご挨拶はこんなところで」


 ジョーは壁に寄り掛かると、腕を組んで指を立てた。


「お仕事だよ、坊やたち」


 台詞を受け、真顔でミツキが吐き捨てる。


「言い方がキモい」

「相変わらずミツキくん辛辣だね!」

「存在もキモい」

「全否定しないでくれるかな!?」


 咳払いして気を取り直すと、ジョーは早速、本題に入った。


「学園の外れにある、旧サークル棟を知ってるだろ」

「うん。クロードさんの邸宅だもんね」


 イツキの言葉に、一斉にクロードを振り返る。注目が集まったクロードは、落ち着きなく視線を泳がせた。


「なに? なんなの? 俺のプライベートスペースがどうかした?」

「プライベートじゃねぇ、本来パブリックだ」


 ミツキのつっこみを尻目にジョーは続ける。


「旧サークル棟に、ユーレイが出るって話があるんだ」

「ユーレイ?」


 きょとんとしてクロードは聞き返す。


「クロードくん以外は誰もいないはずの旧サークル棟の屋上に、人影を見たらしい。

 クロードくんが住み着いてるのは一階のちょっと離れの部分だし、他の学生もそれは知ってるけど、二階以上は閉鎖されてる筈だろ。がっちり鍵がかかって入れない。

 一件だけじゃない、何人かからそういう話が出ていて、学園に広まりつつある」

「……クロードさん」


 イツキが憐れんだ眼差しでクロードを見つめた。


「クロードさん……いつの間に夢遊病に……」

「違ぇよ! 鍵がかかってるって言ったろ!」


 クロードがかみついた。

 併せてジョーが否定する。


「いや、クロードくんじゃない。目撃者の話だと、女だったって話だ」


 イツキははっと息を吸い、手の平を口に当てた。


「クロードさん……いつの間に女装癖が……」

「違ぇよ!」


 クロードはイツキの頬を引っ張りにかかった。

 巧みにクロードの攻撃をかわしながら、イツキはジョーに尋ねる。


「でも、だからって僕らが出動する事態なんですか? ただの噂でしょ?」

「問題なのは、だ。このユーレイ騒ぎと、『旧サークル棟の近くを歩いていた時の記憶が曖昧になっている』って学生の証言が融合して広まってるってことだよ」


 ジョーの言葉に、今度はイツキは真顔になる。それは他の者も同様だった。クロードだけは、何が問題か分からない、といった風に気楽に言う。


「ミツキちゃんの術があるから大丈夫じゃないの。記憶がないってことを覚えてても、思い出せるわけじゃないだろうに」

「100パーセントそうなら、いいんだけどね」


 ミツキは手にした本をテーブルの上に投げ出した。


「忘却術でも、完全に忘れ去ることはできない」


 つ、とミツキは指で本の上にバツ印を描く。


「忘却術は、特定の記憶を上から封じ込めて思い出せないようにする術だ。記憶そのものがなくなるわけじゃない。

 もっとも。些細な物事、まして五分程度の出来事を封じたくらいじゃ、普通は記憶が曖昧だってことすら思い出さないよ。

 けどユーレイ話と結びついて変にその時間帯の記憶に注目しすぎたら、曖昧な記憶の存在に気付かないとは限らない。そこから更に進んで、万に一つでも俺たちの顔を思い出されたら、厄介だ」


「つまりは、あれか」


 ようやく頭の中で結びついたクロードが、話をまとめようと試みる。


「えーっとまず、俺の家の屋上でユーレイを見た奴がいて、周りにそれを吹聴したっしょ。

 で、ミツキちゃんにやられて記憶をなくした奴がその話を聞いて、自分がそん時に何をしてたか考えた時に、記憶があやふやな部分があるってことに気付いちゃったってわけか。

 そんで更に考え込んじゃって、うっかりあの時のことを思い出されたらヤバイと」

「よくできました」


 ミツキは音の出ない拍手をクロードに送った。


「ユーレイ話はよくあるネタだとしても、記憶をなくすなんて話が続いたら怪しむ人も出て来るでしょうからね。今後の仕事をやり易くするためにも、火種は消しておいた方がいいですね」


 イツキは腕を組んで頷く。


「ユーレイ話と記憶の話、二つが結びついてるってのが引っかかるな」


 シグの疑問にジョーは淀みなく答える。


「より正確に言うと、ユーレイを目撃した学生自体が、ある時間帯での記憶を失っているんだ。

 そしてその学生は、君たちがここ最近に征伐せいばつした人物と完全に一致している」

「……おいおい」


 眉をひそめたシグに、ジョーは畳み掛けるように言う。


「思い出して欲しい。ここ最近の狙いは、圧倒的に旧サークル棟近くの門が多かった」

「要するに」


 シグはすっと目を細める。


「ミツキに記憶を操作された人間は、その前にユーレイに会っている。

 つまり、ユーレイの正体たる人物にけしかけられて、結界を破壊しようとする凶行に及んだ、ってことか?」

「可能性は極めて高い」


 ジョーの言葉に、ミツキは昨夜の男が口にしていた台詞を思い出す。



「……『彼女のために、何が何でも成し遂げないといけない』」



 昨日の時点では茶化していたクロードも、神妙な面持ちで呟く。


「『彼女』、即ちユーレイで、……黒幕か」


 頷いて、ミツキは唇に指を押し当てる。


「ま。今の情報だけで素直に考えるなら、ね。ユーレイが関係あるにせよないにせよ、どのみち調べた方が良さそうだ」


 ミツキの一声に、ジョーはにんまりと笑みを浮かべた。


「昨日の唐突な依頼と違って、今回は正式な出動要請だ」


 ジョーは、金の文様で縁取られた一枚の紙を彼らの前に広げる。無言で四人は紙の上に手の平をかざした。

 それを確認し、ジョーは低い声で告げる。



「レッドカストル魔法管理事務局より、コード“スカーレット・キーパー”の発動を要請する」

「了解」



 四人が応えた。それと同時に、紙が発火する。

 しかし不思議と熱の感じられないその炎は、瞬く間に紙を赤々と包み、黒く燃やし尽くした。




 レッドカストルは数少ない魔法研究を許された機関である。学園には、物的・知的双方の多種多様な魔法財産が存在した。まだまだ市井しせいでは貴重なそれは、驚くほどの高値で取引されることも少なくない。

 魔法財産の保護のため、おいそれと外部に出せないよう学園には結界が張ってあった。しかしその結界を打ち破り、外に持ち出そうと企む者は後を絶たない。

 魔法に関するあらゆる知識、技術、あるいは道具などの魔法財産を守るため、結界を保ち、学園を守護するのが彼らの役割である。




 “スカーレット・キーパー”。

 それが彼ら四人のコード名だ。

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