イツキは軽快に反撃をする

 男がシグの背後に視線を移せば、また新たに人物が1人増えている。

 先ほどの建物から悠々と降りてきたイツキが合流したのだ。


 シグは男に背を向け、イツキに合図するように手を上げる。


「というわけでよろしく。やっちゃってください」

「はいはーい」


 言うなりイツキは、パチンと軽快に指を鳴らした。

 同時に。

 男の傍らにある物騒な箱から、プチンと儚い音がした。


 その微かな音を耳にして、男は手元にある機械を焦って確認する。

 時限爆弾の文字盤は、『13:04』のまま動きを止めていた。続けてまた何かが弾ける音がして、文字盤に表示された数字もすっと消える。

 イツキはにやりと笑って男に状況を告げる。


「コード切断、と。もう使い物になんないよソレ」

「ンなっ……!?」


 信じられないようすで、男は自分の作った爆弾を唖然とした表情で見下ろした。

 こんなにも容易く最終手段が封じられてしまったことに、男は動揺を隠しきれない。爆弾の作成はもちろんだが、解除することだって、専門知識を有していない人間が容易にできるものではない。

 だがイツキは、魔法があるとはいえ、ものの一瞬で爆弾の解除をしてみせた。それも、爆弾の機能を安全に停止させる部位を、的確に。

 コードの切断を魔法で行うのはいいとしても、どのコードを切ればいいかの判断などどうやって、と男の思考が停止する。


「……こんなこと、できる、はずが」

「いやぁ、優秀だからできちゃうんですよねー」


 感情を逆なでするようなことをさらっとイツキが言った。

 シグはポケットに手を入れたまま、男を振り返る。


「覚えといたほうがいいよお兄さん。イツキに対抗するなら、デジタルじゃなくアナログで挑まなくっちゃあ。

 ま、ミツキの術で、このこともすぐ忘れるだろうけど」

「爆弾ってデジタル?」


 場違いに、ミツキが素朴な疑問を口にした。


「火炎瓶とかよりはよっぽどデジタルなんじゃん? 時限装置付いてたし」


 シグのぼんやりした回答に、しかしミツキはそれなりに納得したようだった。


「ああ、クロードさんよりはデジタルってことか」

「俺、アナログ!?」

「クロードさんアナログだろ。ま、俺もアナログだけど」

「だよな! ミツキちゃんもアナログだよね!」

「なんでそこで安心すんの」


 呆れた声でミツキはふっと笑んだ。


「まあシグさんの言うとおり、爆弾でも仕組みがアナログなやつなら話は別だけどね。でも、その場合はミツキさんとかがいるからどのみち駄目だけど。

 あー、でもやることあってよかったー。出番ないかと思いました」


 気楽そうにイツキが言う側で、男は憎々しげに表情を歪める。

 男は4人に悟られないよう、秘かに左手を荷物の中へ滑り込ませ、中に最後に残っていた代物を取り出した。

 いち早く、男の動きに気付いたのはシグで。


「止めた方がいいと思うなー。停学で住むところを退学になっちゃうよ」


 彼の言葉に気付いた3人は、男の手に握られたナイフを確認した。


「あ、マジ銃刀法違反」

「イツキさん、爆弾の方がよっぽどヤバイ代物だったってことに気が付いて」

「だって爆弾とかの対処なら、ボクの得意分野ですからねぇ」


 イツキとミツキの軽口を気にも留めず、男は握りしめたそれを標的に向け一歩踏み出した。

 今までのやりとりで最も警戒しているためか、シグのことは避け。

 若干の距離を置いているミツキとクロードには目をくれず。

 男は、イツキに飛び掛かった。


「えー? そこでこっちにくるのやめてホント疲れるから」


 爆弾に比べたら、ナイフはアナログである。「イツキに対抗するならアナログ」という発言を鑑み、彼の得物を考えると、魔法遣いたちの能力からして唯一男が対抗しうると思える存在は、イツキだった。

 とはいえ、そこまで男が考えを巡らせていたかは定かではなかった。4人の中でイツキが一番細身であったため、力では勝てると咄嗟に判断したのかもしれない。男の方が幾分、大柄だった。


 イツキは抵抗することもなく首筋にナイフを突きつけられる。が、驚くほど彼の表情には焦りも恐怖も感じ取れない。

 おそらく男はイツキを人質にして、デジカメとの交換を持ちかける予定であったのだろうが、そんな男の台詞を言わせることなく、相変わらずの調子のままでイツキは呆れ交じりに言う。


「そんなにコレが欲しいなら」


 イツキは右の人差し指を立て、まるで指揮者のように、ひょいと上へ向けて指を振った。

 と、同時にシグは「あ、」と声を漏らす。


 シグの手の中にあったデジカメが、ふわりと空中に、浮いた。


「渡しますけ、ど?」


 言うなりイツキは、手首のスナップを効かせて、まるで何かを投げ放つかのように手を振る。

 彼の動きに伴い、デジカメは彼らの所に引き寄せられるように速いスピードで一直線に飛んで。

 男の顔面にクリーンヒットした。

 痛みに怯んだ男の手を逃れ、素早く距離を置いたイツキは、振り返り際にまたひょいと手招きする。


「……っと思ったけど、やっぱ渡さなーい」


 地面に落下する直前だったデジカメは、弧を描いて、今度は緩やかに後ろ手に構えていたイツキの手の平に収まった。

 一部始終を眺めたクロードが顔をしかめる。


「うわ痛い。イタイイタイ」

「クロードさんに当たったわけじゃないでしょ」

「いやだってあれは痛いでしょー。容赦ないなー、イツキちゃん」

「しょうがない、正当防衛ですよ!」


 快活に言うイツキに、ミツキとシグは苦笑いを浮かべた。


「正当……うん、正当……」

「正当防衛なんだろうけどイツキが言うと途端に胡散臭くなるな」

「ひどい! 人質にされかけた可哀相な青年になんてこと言うんですか!」


 わざとらしくイツキは肩をすくめてみせた。

 不意を突かれ機会を逃した男は、しかし諦めてはいないようである。怯んだ体勢を元に戻すと、彼は取り落としかけたナイフを再度、しかと握りしめた。


「……っと」


 気付いたミツキが、男を振り返る。彼は真顔のまま、人差し指と親指を立てピストルの形にした左手を、ゆっくりと上げてそれを男へ向けた。

 刹那。

 風か、それとも小さな鳥か虫か、そんなものが男の頬をかすめた気がした。

 遅れて顔に熱を感じれば、男の頬からは液体が滲み出ていた。皮膚が少し切れ、赤い血がしとりと流れ落ちる。


「動くなよお兄さん?」


 ふっとミツキは微笑を浮かべ。

 次の瞬間には、ぱぱぱぱぱぱぱん、と男の周囲で何かが弾ける音がした。


 身をすくめて辺りを見回すと、その一瞬で、男の周りには彼を取り囲むような円がぐるりと描かれていた。よくよく見れば、それは線ではなく点の集まりで、指の先ほどの丸い穴が並んで開いているのだと分かる。地面には、弾痕らしきものがくっきりと付いていた。

 男は、空いた穴が一様に黒く湿っており、更には銃弾らしきものがどこにも存在しないということを確認すると――信じられないながらも何が起こったのかを理解し、硬直する。

 ミツキが放ったのは、銃弾でもなんでもない。


 ただの水、だった。


 イツキが先ほどデジカメを飛ばしたのより、更に速い速いスピードで、まるで銃弾のようにミツキは水の弾を打ち出したのだった。


「ま、これは常識の範囲内っ……てことで」

「常識外だよミツキちゃん」

「ま、ま、ま。これくらいは、と」


 クロードの入れた茶々を受け流し、


「分かってると思うけど。あがいても、無駄だよ。

 俺のこれは脅しだけど、他の3人は容赦ないからね。それとも、」


 にっと、人のよさそうな笑顔で、ミツキは言った。



「――もっと、試してみる?」



 男は。

 膝をついて、力なく座り込んだ。






 ここは学園都市・レッドカストル。

 大学部や大学院をはじめ多種多様な形態の学問・研究機構を備え、それだけで一種の都市を形成する学園レッドカストルには、4人の若き魔法遣いがいた。



 ――クロード。

 通称、暴炎の魔法遣い。

 荒ぶる炎は大地を舐めて、あらゆるものを焼き尽くす。ただし彼にも制御はできない。

 闇に隠れた真理を見付け、残酷なまでに明るく照らす。



 ――イツキ。

 通称、超動の魔法遣い。

 人の手加えた無機物に、彼の力で支配が及ぶ。

 意志無き幾多の絡繰りは、彼の命にただ従うのみ。



 ――シグレ。

 通称、忍の魔法遣い。ないしは、影の魔法遣い。

 他のどんな事象でもなく、自分の身体に力を及ぼす。

 音も気配も静かに消し去り、獣の如くしなやかに忍ぶ。



 そして。




「じゃあ、そろそろ」


 彼は、真顔のままで、ごく当たり前のように、言った。




「俺らの顔や声や名前とか、全部忘れてください」




 ――ミツキ。

 通称、清流の魔法遣い。


 古き魔法を自在に操り、水の魔法を得手とする。

 淀み無く繰られる魔法の流れは、さながら清廉な水流の如く。

 類い稀な才有する彼は、一部の者しか許されぬ純白の衣を纏う。


 クロードの得意分野、炎。というより、クロードはそれしかできない。

 イツキの得意分野、機械。無機物を触れずに操る能力。

 シグの得意分野、人体。気配の超希薄化や脚力増強、自分を強化する能力。


 ミツキの得意分野。

 水。相方クロードの後始末。

 それから、古くから伝わる都合の良い魔法の数々。

 自然、契約、操作、精神、感情。分野はたいてい、問わず。

 それから、それから。




 忘却。




「申し訳、……ない、です」


 男は、別の誰か謝罪する相手がいるかのように、魔法の間際に呟いた。視線を、先ほどまでイツキたちがいた建物の方へ向けて。

 ふと、目の端に傘を差し豪奢なワンピースを着た少女の影を見た気がして、ミツキは驚き振り向いた。

 背後の男が見つめていた建物を見上げれば、しかし果たしてそこには誰もいない。夜に人が出入りするとも思えない場所である。仮に人がいたとしても、ミツキが振り返るまでのわずかな間に、姿をくらます時間があるとも思えなかった。

 つまるところ、人はいないと判じるのが妥当だ、と、ミツキは独りで思う。


 けれども。

 それが、目の錯覚だったのかどうかは、ついぞ分からない。






 レッドカストルの魔法遣い。

 秘かに人々は彼らのことをそう呼んだ。

 ただし、実際にそれが実在するものか、確認した者は誰もいない。




 正しくは。

 確認したうえで、しっかりとしている者は、誰もいない。

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