シグレは冷静に指摘する

 『白の魔術師』。

 それは、魔法を研究することを許された者たちの総称である。


 世の中は科学技術が発達し人間の生活に根付いていたが、高度に文明が発展した今となっても、まだ世界には『魔法遣い』と呼ばれる者たちが少数なりとも存在した。

 魔法、そして魔法遣いについては、今でも謎の部分が多い。魔法を使えるのは一部の人間に限られる。その力を応用して、広く一般人も魔法の有用性を享受きょうじゅできないものかと、魔法のメカニズムについての解明は強く望まれていた。

 だが無差別に研究を許しては、魔法を使用した技術が悪用されないとも限らない。そのため魔法の研究を行うには、国からの特別なライセンスが必要であった。


 そのライセンスを有し、国の研究機関にて魔法の研究を行う特別な権利を持った者たちが『白の魔術師』である。


 白の魔術師はその特権の証に、特別にあつらえられた純白の衣を身に纏う。ミツキもまた学園内においては、他の学生と異なった白のブレザーを身に着けていた。

 名称には『魔術師』という単語を冠していたが、白の魔術師、というだけで魔法が遣えるというわけではない。基本的にはただの研究者である。学問が高じて、基礎的な魔法なら心得ている者もいたが、全く魔法を使えないという者とて珍しくはなかった。

 しかし。


「と。まーたクロードさん派手にやったねえ」

「いいからいいからミツキちゃんホントお願いします!」

「分かった分かった、慌てない慌てない」


 手を振りクロードをあしらってから、ミツキはまっすぐに門を見据えた。燃え盛る炎を見つめ、一つため息をつくと、ミツキは上に向けて広げた右手の指を、まるで手招きをするように、ひょいと動かした。


 次の瞬間、現れたのは水であった。


 突然、湧いたように地中から水の柱が立ち上る。門を取り囲むようにして円形に立ち上った水は、数メートル上まで吹き上がってから、燃える門に向けて落下した。水が地面に当たって跳ね返った勢いで、彼らの所にまで水しぶきがかかる。

 一瞬にして、クロードの炎は鎮火した。


「さっすがミツキちゃん! 相変わらず素敵な魔法だった!」

「さすがクロードさん、相変わらず期待を裏切らない魔法だった!」

「ソレどーいう意味?」

「そのまんまの意味だよ」


 やれやれ、といった風に肩をおろすミツキを見つめながら、立ち尽くした男はぽつりと呟く。


「魔法遣い……!?」

「あれ、今更気付いたの?」


 しれっとシグが言ってのけた。

 男はなおも続ける。


「お前ら、……お前らが、『レッドカストルの魔法遣い』!?」

「うん?」


 言われて、今度はシグは首を傾げる。


「や、まあ、そうとも言うんだろうね。……というか否定すべくもなく、そのまんまだしね。何? そんな風に呼ばれてんの、俺ら?」

「へえ、そうなんだ。しっかし何のひねりもないな。ひねってもしょうがないけど」


 クロードも初耳だったようで、きょとんとしたようすで目を瞬かせる。


「……よりにもよって、魔法遣い、なんかに。邪魔されて、たまるか」


 男は唸るように言い、強く拳を握った。ようやく気を取り直したのか、男は開き直ったように魔法遣いたちへ言い放つ。


「魔法遣いが相手なんだったら、こっちだって弁明できる。その写真だって、魔法で作った偽物だって主張すればいい。証拠なんて何もない」

「あれ、知らないの?」


 小ばかにするような口調で、シグは口角をあげた。


「魔法で嘘はつけないんだよ。義務教育で習わなかった?

 基本、『自然』から力を借りるものだから、魔法は『不自然』を創りだせない、嘘を付くことができない。ジョーシキだと思ってたんだけどな。

 そこをクリアしても、魔法って基本的には科学技術と相容れない部分が多いしね。俺はそういう魔法使えないし。できそうなやつも若干一名いるけどさ。それだって、後でパソコンとかで加工して合成写真を作った方が、よっぽど楽だ」

「それに写真の真偽を判定する技術だったら、どっかの『白』が開発してたと思うけど」


 ミツキが付け加える。『白』とは、白の魔術師の通称である。

 ぎり、と男は唇を噛み締めた。

 本当だとしたら、どうしたって彼に言い逃れは出来ない。嘘だとしても、写真として残ってしまった以上、データを削除しない限り、男にとって不利な状況は変わらない。せめてもの防戦に虚勢を張って言い返したつもりだったが、却ってこちらがみじめになるばかりだった。


「そーそー、大体そういう言い訳しようとしたってうおっ!?」


 更に追従しようとして頷いていたクロードが、男の動きに慄いた。

 男は3人から少し距離をとり、自分の荷物から一抱えもある機械を取り出したところだった。

 四角くいかめしい外見に、幾重にも繋がるコード。機械の正面には赤い文字盤が取り付けられており、そこには『15:00』という数字を表示されている。


「何ソレ、爆弾!?」


 クロードの疑問には答えず、男は機械のスイッチを入れた。

 文字盤の数字が『14:59』に変わり、やがて『14:58』『14:57』と数字は刻々と減少していっている。

 時限爆弾のカウントダウンが始まった。


「本当は最終手段で、これを使うつもりはなかったが。

 彼女のために、何が何でも成し遂げないといけないんだ」

「彼女? 可愛いのその子?」

「クロードさん黙れ」


 ぴしゃりとミツキが釘をさした。

 男は3人に向け、開げた手を差し出す。


「そのデジカメを渡せ。こっちに渡したなら、この爆弾は解除する。

 ただし渡さなかったら、門はこのまま爆破させる。お前らの目的は学園の守護なんだろ。だったらおとなしくデジカメを渡せ」


 彼にとっては取引のつもりだったが、対する相手は至って涼しい表情だ。


「爆弾? 派手だねー、よくないよこういうの」


 状況が状況の割に、シグはまったく緊張感を感じさせない声をあげた。


「悠長にしてんじゃねぇ、爆弾は本物だし俺は本気だ。学園で爆発騒ぎを起こされたくないんだったら、」

「俺たちが渡したところで、お前は爆破させるだろ」


 間髪入れずきっぱりと放ったシグの発言に、男は思わず口ごもった。


「最初の獲物はドライバーだったくせに、そんな物騒なモン隠し持ってるくらいだ。穏便な手段でダメだったとしたら、些か派手で物騒な手段を用いても、何が何でも門の彫刻を破壊したかったってことだろ。

 流れからすると、さっき言ってた『“彼女”のために成し遂げなきゃならない』ってのは、要するにアレを壊すことだ。デジカメを取り戻して自分の保身を図ること、じゃあ、ないよな。

 だったら、俺たちがおとなしくデジカメを渡したところでお前が退くとは思えん。渡したら渡したらで、解除しないまま逃げるか、したフリしてまた戻って仕掛けるだろ。もしくは、別の場所にもう最終手段用の爆弾を仕込んであるか」


 まるきり図星を突かれて、男は言葉が出てこない。

 何かそれらしい言い訳を並べたてようとしたが、シグの論調に気圧されて、口はまったく動かなかった。

 ふっとシグは表情を緩め、相変わらずの余裕そうな笑みを浮かべる。


「でも逆に、爆弾の方がコッチには有利だけどね。

 ねえ、イツキ」


 振り向かないまま、背後へ向けてシグは言葉を投げかけた。

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