4.時雨れる所以は

キリングウェポンと噛ませ犬(1)

 ヨウの後を追うのは簡単だった。

 彼女が素早く走り抜けたためか、廊下は部屋のように植物が生えてくることはなかったが、外に出てしまえば煉瓦を敷いた道の隙間から彼女の通った痕跡を辿るように植物が伸びていたからだ。まるで意図して種をいたように、ヨウの辿った道は一本の線となって先へ先へと続いている。


 彼女の後を追ううちに、クロードは彼女の行き先について思い当たる。案の定、歩を進めるにつれ、彼の予感は確信へと変わった。

 ヨウの足取りは、クロードと彼女が出会ったあの場所に続いていたのだ。

 校舎裏の開けた場所には、ヨウと邂逅かいこうした草原がそのまま広がっている。心なしか先ほどよりも植物の数は増え、より鬱蒼うっそうと植物が茂っているように見える。彼女の姿は見えなかったが、おそらくあの草むらの中に居るだろうと思えた。


 クロードが彼女を探そうと、草原の中に踏み出そうとした時。

 背後から、誰かの足音が聞こえた。

 もしやヨウかと思い、クロードは振り返る。


 しかしそこに立っていたのはヨウではなかった。

 遅れて追いかけて来た、彼の友人たちでもない。


「……あんたの仕業ね」


 そこにあったのは、憎々しげにクロードを睨みつける視線だった。

 立っていたのは、ピンク色のワンピースに白いカーディガンを羽織ったヨウと同世代の若い女である。しかしクロードが普段目にする女性の服より、幾分それは華美だった。ワンピースには幾重にもフリルとレースとがあしらわれ、スカート部分の裾はふんわりと広がっている。手にはレースの付いた傘を握りしめていた。髪はヨウと同じくらいの長髪であったが、自然のままにおろしているヨウとは異なり、手をかけて丁寧に巻いて整えているようだった。

 彼女はクロードの後ろにある草原を苦々しい面持ちで見遣ると、再び好戦的な眼差しで彼を睨む。


「油断して、ヨウから目を離した私が迂闊うかつだったわ。

 ……でもちょうどいい。いずれにせよ、あんた達には早かれ遅かれ目通り願うことになっていたものね」


 言うと、彼女は手にした傘の切っ先をクロードに向けて構えた。

 嫌な予感がして、クロードは一歩後ずさる。


「ちょ、待てよ! 誤解だ! いや何が誤解かも分かんないけど! っつうか一体何が何やらさっぱりなんだけど!」

「問答無用よ! いずれあんたはこうなる運命なのよ。のこのこ一人でやってきた、あんたの不運を恨みなさい」


 フェンシングのように構えた傘を、彼女は空を切るように一振りする。

 その瞬間、クロードの腹部へ強かに衝撃が走った。


「……っ!」


 見えない圧力に吹き飛ばされ、衝撃で彼は草原の中に突っ込んだ。草や茎が彼の顔に刺さるが、腹部の痛みでそれを気にするどころではない。

 倒れ伏したクロードを眺め、彼女は傘の柄を肩にかける。


「あらぁ、天下の『魔法遣い』も、大したことないわねぇ。いくら一人とはいえ、ちょっとはこっちも痛手を負うことを覚悟していたのだけれど。骨がなさ過ぎて、つまらないわぁ」


 うめき声をあげながら、クロードは秘かに炎を呼び出す。

 が、攻撃の前に彼女に悟られ、炎を呼び出した手の平を同様の衝撃で打ち抜かれた。


 クロードの所まで駆け寄った彼女は、傘の切っ先を彼の胸部に狙い定める。ほぼ同時に鈍い衝撃がクロードの体を貫き、その場でクロードは跳ねた。


「人違いかとも思ったけれど。少なくとも魔法遣いではあるようね。

 いいわ。援軍に来られて長引くのも面倒だし、さっさと終わらせましょう」


 彼女はクロードの顔に傘を向ける。抵抗して彼は歯を食いしばりながら傘を掴むが、彼女の力が強いのか、クロードが弱っているのか、傘はぴくりとも動かない。

 クロードに傘を握らせたまま、彼女はうたうように言葉をつむぎ始める。


『罪深き世にえるもの

 とが無ききさきあだすもの

 むくろとなりしなんじ、我らが下僕となりて妃の命に従わん

 たっとき妃の名において命ず

 汝の真なる名を告げよ』


 傘の先端に淡い光が灯る。蛍のような光がゆっくりと放たれ、すっとクロードの口の中へ入った。見た目に反して冷気をまとった光は、シャーベットを食べたときの感覚に似て、しみこむように彼の身体に溶けていく。

 すると胸の奥底から、彼の意思とは無関係に、何か空気の塊のようなものがこみあげてくるのを感じた。やがてそれは喉に到達し、外へ外へと押し出そうとする。


 湧き上がってきたものは、声。

 正しくは、とある『言葉』。


「……ァ、ト」


 抗うように、しかし抗いきれずに、クロードは幾筋もの汗を流しながら、絞り出すようにその言葉を告げる。



「マ、ト。……ク、……クロード=マト・イザヤ……!」



 それは、彼のまこと

 他の何者にも滅多に明かすことのない、クロードの正式な名前であった。


「クロード=マト・イザヤ!」


 にんまりして、彼女は傘をクロードの顔から背ける。傘からクロードの手が滑り落ち、力尽きたようにぐったりと地面に落ちた。


「あんたの『まこと』、この夢幻むげんの魔女、キサ・シラユキが謹んでいただくわ!」


 薄れゆく意識の中ではっきりと聞こえたのは、朗々と響いた彼女の言葉。

 魔女、キサ・シラユキの宣戦布告の声だった。

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